歌劇「イーゴリ公」の思い出
倉田京弥(Tp)
○20年来の思い
私ごとで恐縮ですが、ボロディンの歌劇「イーゴリ公」は私にとって、もっとも思い出深い曲のひとつです。今から二十年ほど前、私は所属している大学の吹奏楽団で学生指揮を務めていたのですが、当事はちょうどバブルの絶頂期。学生も合コンやディスコに忙しく、地味に毎日練習をしているような音楽系のクラブは敬遠されて、団員減少の一途を辿っていました。一時は存亡の危機にまで立たされましたが、学生時代最後の演奏会を、何とか想い出に残る演奏会にしたいと、夜を徹して侃々諤々、選曲について議論しました。
そして少人数でも、編成やアンサンブルに無理が無く、かつ親しみやすく、難易度的にも比較的やりがいのある曲という条件でいろいろ探し回って、やっと選曲したのがボロディンの「イーゴリ公」でした。
ところが、スコアを入手してみるとその厚さ約10cm。どこを抜粋するかで、また散々悩み、結局、だったん人の踊りやホロヴィッツの娘たちの踊りなど、よく演奏される箇所を選んだのですが、最後までプログラムに入れるかどうか迷ったのが、今回新響で演奏する「序曲」でした。
遥か彼方から続く地平線をイメージさせるような冒頭の弦楽器、草原を駿馬が疾走するような躍動感溢れる金管楽器のベルトーン、そして、「だったん人の踊り」の有名なフレーズを連想させるホルンと弦楽器の流れるような美しい旋律、次から次へと歌劇の有名なシーンが繰り広げられます。この序曲を聴くだけで、イーゴリ公の英雄伝とそれにまつわる数々の美しいシーンが思い浮かぶかのようです。しかし、結局プログラム構成の都合で当事は演奏することができず、それ以来20数年間ずっと心の中に私の名曲としてしまい込んでいたのでした。
○「イーゴリ公」の魅力
今回、演奏する機会に恵まれて、あらためて「イーゴリ公」のストーリーを読んでみたのですが、この歌劇の元となった「イーゴリ遠征物語」は小説として読んでもとても面白い物語です。(日本語版は、岩波文庫から「イーゴリ遠征物語」の題名で出版されています。)
物語の詳細はプログラム解説に譲りますが、主人公が囚われの身となるが敵はイーゴリの勇敢な戦いを讃え寛大にもてなすシーンや、イーゴリの息子が敵方の美しい娘と恋仲になる話など、イタリアオペラなどにはあまり見られない、ロシア的な人間味溢れる物語も、この曲の魅力の一つです。
さて今回の新響は、イーゴリ公の舞台となったウクライナに近い、東欧で指揮の研鑽を詰まれた井崎先生による演奏です。雄大なロシアの大地と勇敢な騎馬兵士たち、そして敵・味方を交えた深い友情や愛情がどのように表現されるか、私たちもとても楽しみにしています。
第196回演奏会(2007.2)維持会ニュースより