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新響行きつけの飲み屋「八起」閉店

松井祐介(コントラバス)

 新響団員の行きつけの飲み屋である、東十条の「八起(はっき)」がこの8月一杯で惜しまれつつ閉店となった。八起のママさんの娘さんが妊娠中で、これを機に店をたたむことをこの5月頃から決めていたのだ。八起は新響メンバーの練習終了後の飲み場の定番であったので、落胆している団員は多い。
 十条、東十条は飲み屋が多い所として有名であるが、団員の行く飲み屋はほぼ毎回決まっている。「ヴァイオリンはここ」、「木管はここ」とほぼ固定されたメンバーで押しかけるのがお決まりのパターン。「八起」は金管、特にホルンの人たちの溜まり場となっていた。
 「八起」は91年4月に現在の東十条の地に開店した。いつもはママさんと娘さん(お姉さん)とその後主人(若)の三人でお店に立っていた。店内はそれほど広くはなく、カウンターに10席くらい、座敷に20名くらいしか入れない。昔はあまりに来すぎて席がなくなり、店の外に追い出されたこともあったという。
 ママさんの話によると、94年頃ホルンの団員がたまたま発見したのが常連客となるきっかけとなったそうだ。残念ながらそのきっかけを作った団員は既に退団しているので、当時の話は聞けなかった。それ以降、ホルンの人たちを中心として金管の皆さんが集まって飲む場となったようだ。
 土曜の夜の八起は事実上新響の貸し切り状態となっていた。たまにカウンターに他のお客さんがいると、なんとうるさい団体客に迷惑であっただろうと思っていたに違いない。新響の練習が終わると、常連の皆さんは自然と東十条方面に歩いていき、八起ののれんをくぐっていく。新入団員が入ると、最初に誘われるのがだいたいこの店だ。
 皆さんがお店に着く頃にはテーブルにはすでにお通しの刺身が準備されている。まずは皆さんジョッキビールをもれなく注文され、乾杯。八起の料理はすごく量が多い。お通しの刺身も結構な量があり、これだけでも満足かもしれないが、それからいつもお任せの料理が数点でてくる。最後の飲み会で出てきたメニューは刺身、ポテトサラダ、ローストビーフ、鶏肉の唐揚げ、ゴーヤー炒めなどであった。日本酒の品揃えは豊富であったが、新響の注文するのはいつも「〆張鶴」と決まっていた。たまに「立山」を頼むときもある。焼酎は「黒霧島」のロックである。水割り、お湯割りはまず出たことがない。料理が出終わると、最後には蕎麦か平打ちうどんが出てくる。興がのってくると、この辺でホルンの某団員が「ノメノメ節」という歌を歌うこともある。「ノメノメ節」とは新響伝統?の歌なのだが、調は毎回違い、歌詞の意味は誰もわからないというもので、たまに演奏会の打ち上げで歌われることがある。これを歌うのが好きな団員も結構多いと思う。私もその一人だが、なにせ歌詞が不明瞭なところがあるので、歌うに歌えない。さて皆さん食べきれないほど食べて飲んでも、だいたい一人3,000円くらい。この安さと料理のうまさで常連になってしまった人もいるのではないか。
 八起閉店の知らせを聞いたのは今シーズンの初練習の日。いつも初練習で指揮を振ってくださる柴山先生もご一緒で、新入団員の歓迎会も兼ねていて盛り上がっていたところにママさんの衝撃の一言。最近は常連団員の退団等々、様々な理由で八起離れが進んでいて、かつてはいつも満員だった席が今日は5名ほどしかいないということがこの頃続いていた。このことは今回の廃業とは関係ないようだが、常連だった私は少々心が痛む。団員みんなで飲んだ最後の日は本当に店内満席で、みんなで飲む最後の機会を大いに楽しんだ。
 八起のみなさまには心からお疲れ様と言いたい。長い間お世話なりました。本当にありがとうございました。

■補遺  松下俊行(維持会マネージャー)
 オーケストラの奏者は基本的に個人主義者なので、練習後どうするかは皆まちまち。呑みにいきたい人は行くし、誘われても行かない人はいかない。誘った方も「俺の酒が呑めないのか」とか「つきあいが悪い」など一般の社会にありがちな酒の態はまず無いと断言できます。だから新響でも「八起」に1度も行ったことがない団員がいても不思議でもなければ、それを非難される事もない・・・けれど、新響に身を置いていればやはり「気になる店」として団内には浸透していました。お店の方々にコンサートにおいで戴いた事も度々です。
 音楽への、演奏への抱負や練習での失望と愚痴、演奏する喜びと失敗に対する怨嗟と反省・・・と、酒と共に様々な言葉が飛び交い、悲喜こもごもの言動が渦巻いていた店でもありました。要するに演奏団体が常連となれば巻き起こるであろう全ての事が起こり、その全てを許容して戴いていた類(たぐい)稀なる店・・・こうした店は庶民的な十条の街といえども、昨今はなかなか見出し難くなっています。
 どなたか「次の店」を御紹介下さいませんか。JRの東十条駅と十条駅の間にあって、最低でも10人以上収容できる上に他に客はおらず、一升瓶がキープできて、揚げ立てのものや切り立ての刺身が供される上に、「こちら~の方になります」という不思議な日本語と共に料理が運ばれて来ない事が、ささやかな条件ですが・・・。
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