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ニーベルングの指環に関する雑文三題

品田博之(クラリネット)


 226回演奏会でワーグナーの「ニーベルングの指環」からコンサート用抜粋曲を演奏するということでプログラム解説の執筆を引き受けることになりました。そこで、「ニーベルングの指環」についてあらためていろいろ調べ物をしました。維持会ニュースではプログラム解説に書ききれなかった雑多な内容をいくつかご紹介します。


■雑文1 ニーベルングの指環の予習
 プログラム解説には、演奏する二曲を少しでも思い入れを持って聴いていただけるように、粗筋や聴きどころなどを書きました。しかし開演前の短い時間で読んでいただける分量や内容となるとどうしても限界があります。一方、この維持会ニュースはコンサートのだいぶ前に皆様のお手元に届きますので興味があれば予習に時間を割いていただけると思います。そこで、読みやすくて面白いネット上の記事を以下にご紹介します。いずれも個人の愛好家が自分の言葉で解説しているものです。


○ニーベルングの指環の全貌をひと通り知りたい方


(1)1998年4月25日『新響ニュース』より
「ニーベルングの指環」早わかり
http://www.shinkyo.com/concerts/i162-1.html
(2)1998年6月『新響維持会ニュース』より
時代性を超越した創作神話『ニーベルングの指環』
http://www.shinkyo.com/concerts/i162-2.html


(3)『るりこんのオペラハウス』の中の ワーグナー「ニーベルングの指環」のページ 
(3)-1全体粗筋
http://www.d3.dion.ne.jp/~rulicon/ring.htm
(3)-2ラインの黄金:
http://www.d3.dion.ne.jp/~rulicon/rheingold.htm
(3)-3ワルキューレ:
http://www.d3.dion.ne.jp/~rulicon/walkure.htm
(3)-4ジークフリート:
http://www.d3.dion.ne.jp/~rulicon/giegfried.htm
(3)-5神々の黄昏:
http://www.d3.dion.ne.jp/~rulicon/gotterdammerung.htm

 人物が一覧表になっていて、それぞれに一言コメントあり。全体の簡単な粗筋と4つのオペラごとの少し詳しい粗筋があって読みやすいです。


(4)オペラに使用されているライトモティーフの譜例と音源を網羅したページ(ただし英語)
http://www.pjb.com.au/mus/wagner/#d44
ちょっとわかりにくいですが、すべてのライトモティーフの音が出ます。


○ニーベルングの指環の元となるゲルマン叙事詩や北欧神話などとの関連性を知りたい方


(5)『無限空間』の中の「ニーベルングの指輪:神話・叙事詩から見た人物解説」
http://www.moonover.jp/2goukan/helden/wagner.htm


(6)「ドイツ叙事詩 ニーベルンゲンの歌」について
http://www.moonover.jp/2goukan/niberunku/index.htm
 ゲルマン叙事詩や北欧神話の愛好家のページですが、素人の域を超えた情報量。ただし、著者はワーグナーのオペラにそれほど思い入れはないようです。


(7)ニーベルングの指環の場面を多量の絵で表現
武神妖虎氏制作 『ニーベルングの指環』
http://manji.gozaru.jp/
 絵の枚数も膨大で台本もすべて和訳してあり(こういうのをバンド・デシネというらしい)、すごい力作です。ただし絵のタッチは好き嫌いが分かれるところかもしれませんし、少々露骨な描写もあるので作者がR15指定にしています。


■雑文2 ニーベルングの指環とコミック/ゲーム
 今回解説を書くにあたってネタさがしのために『ニーベルングの指環』の主要登場人物をGoogleで検索してみました。その結果、ヒット数は以下のとおりでした(検索日5月10日)。ブリュンヒルデ約494万件、ジークフリート約24万件、ウォータン8390件、アルベリッヒ23300件 とブリュンヒルデが圧勝でした。 ちなみにワーグナーは約36万件でした。何でブリュンヒルデがこんなにヒットするの?というわけでその中身を少し紹介します。
 “ブリュンヒルデ”でたくさん引っかかったのが「極黒のブリュンヒルデ」。なんじゃこりゃ?ということで調べてみたら、少年ジャンプに連載中の漫画でアニメ化もされているとのこと。粗筋を見る限り登場する魔女集団をヴァルキュリア(ワルキューレ)と呼ぶことぐらいが共通点のようで、なんでブリュンヒルデなのか? 作者がワーグナー好きなのかもしれません。
 その次に出てくるのが「聖ブリュンヒルデ学園少女騎士団と純白のパン●ィ」(伏せ字は筆者)。これはいわゆるエロゲーといわれるジャンルのゲームのようです(勘弁してくれ~)。ゲームといえば「ファイナルファンタジー」や「パズドラ」のキャラクターにもブリュンヒルデがいるそうです。
 ジークフリートのヒット数は桁違いに減りますが、やはり最初に出てくるのはゲーム系。「蒼覇王・カイゼルジークフリート」「蒼剣の覇王・ジークフリート」なんていうのが出てきます。また、青森のお菓子屋さん「ジークフリート」(銘菓「青い森」が有名だそうです)は青森では結構有名なお店のようです。ネットではほとんど出てきませんでしたが、白鳥の湖の王子様の名前もジークフリートでしたね。
 さて、ウォータンで検索すると最初に出てきたのがこれ! 川崎市の水道キャラクター ウォータン だそうです(脱力~)。Water(ウォーター)→ウォータン だそうですから全く関係ないですね。

川崎市上下水道局サイトより

 アルベリッヒのヒット数も多くてびっくりしたのですが、これもアニメ系で「聖闘士星矢」というちょっと古い漫画(アニメも)に出ていたのでした。この漫画にはジークフリート、ハーゲンやミーメまでいます。設定を見ると明らかに北欧神話に影響を受けた漫画でした。
 ブリュンヒルデに戻りますが、あの「崖の上のポニョ」のポニョの本名がブリュンヒルデだというのはご存知でしょうか。しかも、ポニョが人間に変身して大波に乗って地上にやってくる場面の音楽がポニョの主題を用いていながら「ワルキューレの騎行」にそっくりな音楽になっているのです。
 以上、どうでも良いお話でした。


 最後に、「ニーベルングの指環」と名づけた漫画が五つあるので紹介します。私が全部を読んだのは(1)だけですがこれはなかなかの優れもので、粗筋の把握だけでなくストーリーを忠実に再現し、しかも飽きさせません。作者はワーグナーの台本をかなり読みこんでいるように思います。ただ、この本の前書きに、ワーグナーとクナッパーツブッシュといえば必ず出てくるあの有名音楽評論家の独断と偏見に満ちた“名(迷)解説”がついているのでご注意ください。書店に在庫はないでしょうから興味があるかたはネットでどうぞ。
(1)あずみ椋:「ニーベルングの指環」
お薦め。ただし絵は完全に少女漫画で、アルベリッヒやミーメの顔も整っていて違和感はある。
(2)里中満智子:「ニーベルングの指環」
1よりはアルベリッヒやミーメはそれらしい顔に見える。
(3)池田利代子:「ニーベルングの指環」
途中からストーリーが違ってくいとのことです。未読。
(4)松本零士:「ニーベルングの指環」
これは全く異なるストーリーのようです。未読。
(5)佐木飛朗斗:「妖変ニーベルングの指環」 
連載が途中で打ちきられています。未読。


■雑文3 「演出に蹂躙(?)される音楽」 
 ワーグナーはオペラの作曲だけではなく作詞もト書きもすべて自分で制作しています。したがって『ニーベルングの指環』の各場面の状況はもちろんのこと、要所では登場人物の動きに至るまで事細かにスコアに記されています。上演にあたって音楽と詩はスコアに忠実に再現されている(というか、忠実に再現しようと努力されている)わけですが、一方で設定やト書きには全く忠実でない上演が近年非常に多くなっています。
 第二次世界大戦でドイツ敗戦後に再開したバイロイト音楽祭では、ワーグナーの孫のヴィーラント・ワーグナーが舞台装置のほとんどない暗い空間に色のついた照明だけという演出を行いました。これは歴史的な名演出として語り伝えられています。具体的な舞台装置や小道具は一歩間違えると音楽のすばらしさをぶち壊す危険があるのですが、この演出は多彩な照明を駆使した抽象的なもののため、観客が音楽から喚起された感動を阻害されずに増幅させる効果があったというようなことがいわれています。考えてもみてください、勇壮な『ワルキューレの騎行』の音楽の中、模型の馬に乗った体格の良い中年の女性歌手8人が舞台の横から“のそのそ”と出てくる情景を! 何らかの方法で誤魔化す、言い換えれば様式化とか抽象化は大なり小なり必要になるのは自明です。ヴィーラントの演出はこれを徹底的に推し進めたものなのだという理解を私はしています。
 この後しばらくはこのような方向の上演が主流になったとのことですが1976年にバイロイト音楽祭でフランスの演出家パトリス・シェローにより、舞台装置や設定を読み替えた革新的な上演がなされました。ライン川の場面では巨大なダムが現れ、ラインの乙女は娼婦のような衣装。神々の長ウォータンはフロックコートを着ている。19世紀の西欧社会を舞台に、権力階級、資本家と労働者階級の対立というようなテーマを盛り込んでいます。登場人物の動作や出てくる小物はワーグナーの指定に沿ったものも多いのですがそれらを具体化し明晰な明るい舞台にしたのです。これは登場人物への感情移入がしやすくなり、音楽のすばらしさだけでなく具体的な人間ドラマを感じられるという効果があったように思います。
 これをきっかけにしてなのか、いろいろな設定の読み替え上演がなされてきました。ドイツの演出家ゲッツ・フリードリッヒは舞台設定をSF的な未来世界にして舞台に巨大なタイムトンネルを設置しました。ちなみに全曲通しの日本初演はこの演出での上演でした。核戦争後の世界を設定したものもありました(ハリー・クプファー)。このあたりまでは、舞台背景や装置が重厚で深刻な雰囲気をかもし出す方向は維持されており、ワーグナーのト書きとは全く異なるものの、音楽の雰囲気を壊すどころか新たな刺激を受けて感動が深まることが多かったように思います。
 しかし、舞台設定読み替えの傾向は最近ますます先鋭化し、最近では音楽の壮麗・雄大な雰囲気にあえて水を差すことで何か新しいものを提供しようという方向になっているように思えます。たとえば、ブリュンヒルデの愛馬グラーネがおもちゃの馬だったり、ジークフリートが熊のぬいぐるみを持って出てきたり、神々族のいる世界(ワルハラ城)が米国の砂漠のモーテルだったりとかです。『ニーベルングの指環』以外でも『ローエングリン』ではねずみのぬいぐるみを着た兵隊が多数出てきたり、『さまよえるオランダ人』に出てくる船が手漕ぎボートのようなしょぼい船で、舞台が扇風機の工場だったりと枚挙に暇がありません。さらには、すばらしい音楽が流れているときに舞台上で大きなピストルの発砲音を出したり、設定にないダンサーが四六時中舞台でどたばたと痙攣したり、音楽以外のノイズをあえて出すような演出も見受けられます。こうなると目をつぶっても耳が邪魔されるわけで困ったものです。ワーグナーの壮麗・雄大で官能的な音楽魅了され、そこからワーグナーのオペラを見聞きしてきた私にとっては演出家が音楽を蹂躙しているとしか思えないのですがこれもワーグナーのオペラに新たな価値を見出すための挑戦なのでしょう。諦めとともに生暖かく見守っていきたいと思います。
 ここからは全くの私見なのですが、ワーグナーの音楽はモーツァルトや晩年のリヒャルト・シュトラウスのように楽しくもあり悲しくもある とか ふざけているようで実はさびしい とかいう多面性を持ったものではないように思っています。『ワルキューレの騎行』は誰が聞いても勇壮で猛々しいし、ジークフリートとブリュンヒルデの愛の場面の音楽にパロディーやお笑いは感じられない。したがって茶化されてしまうと、そこで鳴っている音楽は救いようのない茶番になってしまうような脆さがあるように思います。一部の“天才”演出家はそれを知ったうえであえてその雰囲気とは相容れない視覚効果を提供しているのでしょう。ただ、音楽を邪魔する雑音だけは舞台で出さないでほしいと思います。演出がいやになったらアイマスクをすれば音楽に集中できますが、雑音は遮断できないから(笑)。“天才”演出家の皆さんへの音楽愛好家からのささやかな御願いでした。 

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