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なかなか聞けないコントラバスの話

中野 博行(コントラバス)


 維持会員の皆様、いつも応援していただきありがとうございます。この維持会ニュースでは、各楽器にまつわる話がご好評をいただいているらしく、私もご指名を受けました。とは言え、ネットで何でもかんでも情報が簡単に入手できる現在、調べてもなかなか出てこないようなお話を含めて、できるだけ平易な言葉でご紹介させていただきます。
 コントラバスは、ご存じのようにオーケストラの演奏会では、舞台の上手、右奥に配置されていることが多いです。弦楽器5部の再低音部を受け持ちます。楽器の名前を知らない人からは「でっかいヴァイオリン」、ケースに入れて担いで街を歩いていると「でっかいギター」とか言われてがっかりしたりもします。確かに、ヴァイオリン一家のおじいさんみたいな感じはするのですが、実はヴァイオリンとは先祖を異にし、ヴィオラ・ダ・ガンバの最低音域楽器であるヴィオローネから進化しています。コントラバスの形や大きさは、実はきちんとした標準みたいなものはなく様々なのですが、ヴァイオリンからチェロまでの弦楽器と明らかに違うのは、「なで肩」の形状をしていること。これが一見してわかる決定的な差です。当然、家族で一番大きいのですが、弓は一番短くて太いです。弓も、ドイツ式とフランス式があって違う持ち方をします。ヴァイオリンからチェロまでは、4本の弦で5度調弦ですが、コントラバスは4度調弦、しかも弦は4本だったり低い弦を加えて5本(さらに5本目はドだったりシだったり)だったりします。ソロの演奏ではスコルダトゥーラがあり、長2度高く(上からラ-ミ-シ-ファ#)するのが普通ですが、ウィーン式調弦(4度と5度の混合)、5度調弦にしたりなど、考えただけで完全に頭が狂いそう。でも私はソロ演奏をしないので大丈夫。


 さて、新響のコントラバス団員は現在9人います。数年前、13人まで達し全員がステージに乗ったことも1度だけありましたが、現在は丁度いい感じです。特徴的なのは年齢構成。20代2人(最近入団)、40代4人、60代3人で、30代と50代がいない。何と歪な構成なのでしょう。でもみんな仲がいいです(と思っています)。だいたいコントラバス弾きというのは、協調性が高く温和な人柄が多く、そうでない人もいっぱいいますが何となく馬が合うので、初対面の人でも100人中99人とは最初から楽しく飲む自信があります、他の人とは付き合いの悪いこの私が、です。
 そういうコントラバス弾きは何故、その楽器を始めたのか?楽器が大きいだけに、だいたい早くても中学か高校からです。吹奏楽やオーケストラの部活で弾く人がいなく、楽器が余っていた。他の楽器を希望したがくじ引きで負けてしまった。音大に行くならヴァイオリンやチェロは遅すぎて無理なのでコントラバスでもやれと言われた。体が大きいから、または手が大きいからやらされた。これも100人中99人ぐらいが大体こんな理由です。
 私も45年ぐらいこの楽器を弾いていますが、皆さん何故こんなに長く続けられるのでしょうか?まずは、楽器を始めてすぐに嫌にならなかったことですね、始まりがなければ何もない。他の楽器に比べて音符の数が少なく、少し練習すればそれなりに恰好がついて、他の楽器の美しいメロディーと合奏ができる。私は高校生のときに既に、一生コントラバスを弾き続けると公言していました。これは当時の感覚で言っていただけと思うのですが、それ以降もコントラバスの魅力を発見し続けられた結果、弾き続けているのだと思います。何が、そんなに楽しいの?! ぶん、ぶー、ボン。メロディーは滅多に出てこない。休みを数えるのが大変。小さな楽器では簡単に弾けるパッセージなのに動きが大きくて至難の業。音程!音程!と叱られる。コントラバスの楽しさを感じなければ続けることはできない。楽しいと思えなければ早くやめて他の楽器に変わった方が良いのです。
 どんなところが楽しいのか。
 一言でいうのは難しいですが、オーケストラ全体の土台となる音程、リズム、躍動感、雰囲気を決めてしまう可能性を持っていることでしょうか。伴奏も楽しいです。最近の7月の演奏会を例にとると、『ダフニスとクロエ』の無言劇にあるフルートの大ソロの伴奏をコントラバスがピチカートで受け持ちますが、実は完全にソロに付けているところもあるし、ちょっと伴奏がリードぎみだったり、誘ったりしているところもあります。ただ、ソロ奏者や指揮者にはそれを余り気づかせないで、絶妙な駆け引きで結果としてソロがうまくいったときの感動をひっそり共有して噛みしめています。
 マーラー第4番第3楽章の天上の音楽を奏でるメロディーも、その雰囲気はコントラバスのピチカートが実は決めてしまっている。そうそう、マーラー第5番第4楽章のヴァイオリンのアウフタクトに続くドのピチカート、この1発でマーラーの人生観すべてを表現できるのではないかと思うぐらい、4分音符1個の重みを感じて弾きます。ブラームス第3番第3楽章のチェロのアウフタクトに続くファのピチカートだって、この1発だけでお客様の1人でも魂がゆさぶられたら嬉しいと思いながら弾きます。
 今度の10月の演奏会では、ベートーヴェン第1番を取り上げました。ベートーヴェン交響曲のパート譜は、コントラバスのエチュードとも言われることがあります。オーケストラのオーディションのオーケストラスタディでもよく使われるようです。難しいのですが、溌剌として優雅な傑作の第1番は、最初に8分音符のキザミが出てきた時点でもう楽しくてしようがない曲です。
 伴奏が楽しいことばかり書いてきましたが、時々はメロディーを弾く練習をします。やはり伴奏はソロのためにあるので、ソロがどう演奏されるべきなのか勉強しておく必要があるからです。親戚の結婚式でソロを弾いたことがありますが、決してコントラバスのソロを人前で弾くべきではないと、つくづく反省しました。すべては伴奏のためで、私は十分です。
 あとは、最近やっとわかってきたことですが、音程や音を出すタイミングなど、どうしても他人のせいにしがちなのですが、自分が悪い、或いは悪い原因が自分にあると思うこと、が重要かと考えるようになりました。そう思うことが進歩するための唯一の原因だからです。その原因がなければ、進歩はありません。私の演奏寿命はあと10年足らずかも知れませんが、最後まで進歩できるようコントラバスを弾き続けたいと思います。


 さて、新響は、打楽器などと共に大型楽器を所有しており、団のコントラバス(5弦6台、4弦3台)を使用することができます。新響が、毎週の練習でコントラバスのフルメンバーに近い状態で練習できるのは、実はここに理由があります。みんな家では自分の楽器で練習するのですが、毎週楽器を車に乗せたり、担いだりして、渋滞道路や満員電車の環境で都内の練習場に通うのは現実には無理です。多くのアマチュアオーケストラで、本番直前にならないとコントラバスが揃わない理由だと思います。良い音楽を絶えずいつまでも追及したい方、入団ご希望される方、お待ちしております。

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