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ワーグナーテューバのこと

大原 久子(ホルン)

●ワーグナーテューバとは
 ワーグナーが楽劇『ニーベルングの指環』を作曲するにあたり、金管楽器の音色のヴァリエーションを増やすために考案した楽器です。ワーグナーは金管楽器を4つの群として考え、ホルン群を8本に増強し、トランペット群にはバストランペットを、トロンボーン群にはコントラバストロンボーンを加え、テューバ群として通常のテューバにホルン奏者が演奏するテューバを加えました。実際に調達にあたったのはワーグナーの助手をしていたハンス・リヒターで、元は名ホルン奏者、『指環』のバイロイトでの初演では指揮を担当しました。
 ホルン奏者が演奏する必要があったため、マウスピースがホルンと同様に小さいことと、ホルンと同様に左手でバルブ操作ができることが、単なる小型のテューバではない特徴となっています。
 ワーグナーはワーグナーテューバを『指環』でしか用いませんでした。金管楽器群の響きに奥行きを持たせるだけではなく、テューバ群のみを室内楽的に使用したりもしました。ワーグナーの熱狂的信者であったブルックナーは1876年の「指環」初演時に立ち会っています。今回演奏する交響曲第7番は、ブルックナーがワーグナーテューバを初めて使用した曲で、第2楽章のテューバ群の荘厳な響きで始まるコーダはワーグナーの死を悼んで付け足されました。その後の8番、9番でもワーグナーテューバを登場させ『指環』と同じような使い方をしました。


●新響のワーグナーテューバ
 当団のワーグナーテューバは、ドイツのアレキサンダー社製B管シングル2本、F管シングル2本の王道ともいうべき4本セット。新響40周年で飯守先生とワーグナーの楽劇『ワルキューレ』第1幕全曲を演奏するのに向けて、1995年に維持会費で購入させていただきました。ユーロが発足する前で円が強く、ドイツの楽器店を通して購入しましたが、現在日本で注文して購入する場合の約半額で入手できました。(注:『ワルキューレ』は『ニーベルングの指環』全4曲のうちの1つ。)
 それまではワーグナーテューバが必要な時は、都内の楽器店から借りており、金額もさることながら毎週の受取や返却がとても手間でした。その後約20年間に、ワーグナー『ニーベルングの指環』抜粋、ブルックナー交響曲7,8,9番、火の鳥全曲版、春の祭典、中国の不思議な役人、アルプス交響曲で使用させていただきました。毎回の練習で自前の楽器で演奏できるのは本当にありがたいことです。
 また購入当時はワーグナーテューバを所有している人はほとんどなく、多くのアマチュアオーケストラでブルックナーなどを演奏するときに苦慮していたため、他のオーケストラに貸出しをしていました。十分に元が取れ良い状態で残したいので、現在は基本的に貸出していません。最近では中国製の安価な楽器も流通しており、アマチュア奏者が自前で購入する人も多いようです。


●ワーグナーテューバと似ている楽器たち
 もう30年以上も前の話、私が大学の管弦楽団でホルンのパートリーダーをしていた時、コンサートのメインはブルックナー交響曲第4番に内定していました。それがいつの間にか第7番に変わり、しかもワーグナーテューバをユーフォニアムで演奏するという!私の「ロマンティック」を演奏する機会が飛んでしまったのは残念だが、執行部の決定だからしかたない。でもユーフォニアムはないだろうと思ったわけです。ユーフォニアムの方が入手しやすいし、ワーグナーはテューバ群として想定しているのだから本来ユーフォニアムの方が適切だと言う。ちなみにその時の指揮者(=当時新響にもたびたび登場していた山岡重信先生)の息子さんはユーフォニアムのプロ奏者なので、その辺の思い入れかもしれません。こうしてワーグナーテューバの譜面はトロンボーン・テューバパートに取られてしまいました。どっちにしても自分はホルンを吹いていただろうけど、上手な後輩が多数いてパートの活躍の場が減ることは、とても悔しかったのでした。
 その6年後に同大学がブルックナー交響曲第8番を演奏した時は、東京藝術大学所有の大正時代のワーグナーテューバのセットをお借りしました。この楽器はニッカン(日本管楽器=現在はヤマハに吸収合併)が1923年に製造したもので、東京音楽学校の『ワルキューレ』日本初演に向けて用意されたとのこと。ウィーンの楽器の完全なコピーで、当時日管には東京帝大工学部卒の天才的な設計士がいたのだそうです。
 東京音楽学校ではブルックナー交響曲第7番の実質的な日本初演を1933年に行っています。実質的な、というのは、1918年に久留米の捕虜収容所でドイツ兵によってブルックナー第7番が演奏されたという記録があるのだそうで、楽器がそろっていなかっただろうと想像しますが、その初演から今年はちょうど100年となります。
 実は「ワーグナーテューバ」というパートはありません。スコア・パート譜には、TenorTubaとBassTubaと表記されています。音の高い2パートがTenor in B、低い2パートがBass in F。通常のテューバは、区別するためにKontrabassTubaとなっている曲もあります。
 TenorTubaと書かれていても、ワーグナーテューバを使わない曲もあります。作曲された背景等により違い、慣習で決まっています。R.シュトラウスの『ドン・キホーテ』『英雄の生涯』のTenorTubaは、日本ではユーフォニアムが多いですが、ドイツ・オーストリアではドイツ式バリトンが使われます。ホルスト『惑星』のTenorTubaはイギリスの曲ですしユーフォニアムです。マーラーの交響曲第7番にはTenorHornというパートがありますが、これはまた別の楽器でホルン奏者ではなくトロンボーン奏者が担当します。細目の管でワーグナーテューバとよく似ていますが、左右逆でマウスピースがトロンボーン用です。


●演奏時の問題点
 ワーグナーテューバの音程が悪いのは、ホルンは右手をベルに入れており音程調整ができるが、それができないからだ・・と言われることがあります。私も昔ホルンを吹くとき楽器自体の音程の癖の克服のために右手を駆使していましたが、今は楽器が良くなり右手で意図的に音程を調整することはあまりありません。それでもワーグナーテューバを吹くのが難しいのは、ホルンと息の抵抗感が違うことと楽器の構え方にあるでしょう。
 私の場合はワーグナーテューバを腿に置いて普通に構えると、眉間くらいにマウスピースが来て、マウスパイプはほぼ水平になります。普段から楽器を立てて吹くユーフォニアムやテューバは、マウスパイプが顔に対してほぼ垂直になってもマウスピースが大きいため可能なのだと思います。それに対しマウスピースの小さいホルンは、人によって顔に対するマウスパイプの角度がだいぶ違い、歯並びや顎の位置、筋肉のバランスや求める音色によっても変わってきます。体格が大きくほぼ水平で吹いている人は、何の問題もなく吹けると思うのですが、普段マウスパイプを下向きで吹いている私が同じ楽器を吹こうとすると、ホルンを吹く時よりも顔が上向きになり下顎を余計に前に出すことになるのです。
 ワーグナーテューバを吹いて不調になるという人は多いですが原因はその辺だと思います。ですので、普段ホルンを吹いているときと同じアンブシュアで吹けるよう、試行錯誤中であります。現在は四苦八苦しながら取り組んでいますが、本番では心のこもったハーモニーが奏でられるようにしたいと思います。

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