新響の活動再開に向けて
●活動中止までの1か月
2月24日、新響は室内楽演奏会、お客様にマスク着用をお願いした以外は予定通り開催した。同じ日にはミラノのスカラ座が閉鎖したというニュースが出た。イタリアは大変なんだと思った。少し前には都内の区が関係するアマチュアオケのいくつかが演奏会中止を発表した。自治体は慎重になるよねと思った。翌25日政府よりイベント開催の必要性を検討せよとの要請が出た。その週末の新響は分奏で少人数の集会ということで実施したが、翌週の合奏の中止を決めた。
3月11日、合同委員会(新響は月1回会議を行っている)。「この1~2週間が瀬戸際」という政府見解を受け、3月14,15日の合奏は中止、演奏会開催の可能性を残し、開催あるいは中止の条件について協議した。予定通り維持会ニュースは発送し、翌週21,22日の合奏はアルコール消毒にマスク着用、私語禁止など三密を避けて行った。3週間ぶりの練習で私たちは音楽の楽しさを再認識することが出来たが、この矢崎先生とのリハーサルが最後の活動となった。
3月24日、東京オリンピック延期が発表され、ホールから演奏会開催可否の検討を要請される。東京都の施設としての立場があるのであろう。委員会を待たずに団長、演奏委員長と3者で相談しホールには開催中止連絡する。対面最後の合同委員会を27日に行い、中止を承認、それに伴う業務の確認をする。延期や無観客演奏については行わないことを決め、月1回は合同委員会を開催することを確認して、新響はいつまで続くかわからない活動休止に入った。本番予定の2週間前であった。
●ZOOMで委員会開催
リモートワークが推奨される中、活動休止中の合同委員会もオンラインで行うこととなった。中にはガラケー・オンリーの団員もいるので、そういう人も参加できるよう準備しつつ、いろいろシステムを試し手軽で経験者も多いZOOMを使うことにした(ズーム飲み会で有名、画面が分割されて全員の顔が写る)。長年、実際に顔を合わせて委員会を行うことを大切にしてきたが、おそらくコロナ後もオンラインでの会議を行うことになるだろう。
4月の委員会では早くも7月演奏会の中止を決定した。その頃プロオーケストラは6月7月での公演再開を模索中であったが、アマチュアの場合はある程度の練習期間が必要で、6月に仮に再開できる世の中になっていたとしても十分な練習はできない。合唱を伴うのもリスクが高い要因の一つである。こうして記念すべき第250回演奏会は欠番となった。
その後は活動再開への準備をしつつ、休止期間に何ができるか、自宅に立派な練習室がある団員ばかりではないので事務所を開放するなど、団員のモチベーションを維持するためにはどうしたらよいかを考える。コロナを機に基本練習や具体的な目標を持って個人練習に励む団員も多かったと思う。
●はたして演奏できるのか
5月に入ると、ベルリンの研究グループが、「新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミック期間中のオーケストラ演奏業務に対する共同声明」を発表した。それまではYouTubeで、ファスナー付きマスクを着用してベルにカバーを付けた演奏映像がアップされるなど、管楽器演奏では口周囲および楽器開口部からの飛沫を止めることが必要と考えられてきた。今回の発表では、症状のある者は待機、重症リスクのある基礎疾患を持つ者は免除、会場に入った直後と業務終了後には石鹸で手洗いか消毒を行い、ホール以外ではマスク着用、管楽器の唾・結露(管内に溜まる水分)を使い捨てティッシュで受けて床を掃除するという条件はあるが、管楽器は2m、それ以外の楽器では1.5m距離をとれば演奏可能としている。
6月には東京都交響楽団が東京文化会館のステージを使用して試演と飛沫計測を行い、それに基づいた指針を発表した。飛沫計測とは楽器演奏により発生する飛沫を可視化装置(光を当てて散乱した光を撮影する)にて測定する。結果は管楽器演奏時の飛沫は口元や楽器の近くのみで、会話よりも飛沫を放出はしないことがわかり、通常のように並んでもよいという見解が出された。
その後も、多くの演奏団体や楽器メーカーで可視化装置を用いた検証がされている。
なお、ベルリンの研究の筆頭研究者はシャリテ大学公衆衛生学教授のDr.Willichで、私が毎年参加しているワールド・ドクターズ・オーケストラの指揮者である。また、都響の試演に立ち会った医師の多くが私の古くからの友人である。オーケストラに関わる医者の世界はとても狭い。
6月5日にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が本拠地の楽友協会で観客数を100人に限定して3か月ぶりの演奏会を開催した。日本でも6月21日に東京フィルハーモニー管弦楽団がオーチャードホールで定期演奏会を開催、指揮者を日本人に変更し、休憩なしのプログラム、管楽器にはアクリル板が設置された。
私は6月26日の東京交響楽団のサントリーホールでの公演を聴いた。飯守先生でメンデルスゾーン交響曲第3番他。弦楽器と指揮者はマスク着用。魂の込められた演奏、静寂がいつもよりシーンとしていた。久々に何人かの新響のメンバーにも会い、新響も良い形で活動が再開できるよう頑張ろうと思った。
●活動再開に向けて2回のアンケート
<1回目>
緊急事態宣言が解除され、新響も10月演奏会を行うかどうかの検討に入ることになった。10月の演奏会を開催するとすれば、少なくとも7月初めにはある程度のことが決まっていないと間に合わない。6月20日にできるだけ多くの団員が参加しての意見交換会を兼ねた合同委員会を計画していたが、より有意義にするためアンケート調査を行った。提出方法を複数用意し約100人いる団員のうち74の回答を得た。コメント欄を設け、文章で考えていることを書いてもらうことにした。省略しながらもまとめた文書はA4版にして10ページを超え、団員のいろいろなアイディアと様々な思いを知ることができた。結果は、
・新響としてどうすべきと思うか:予定通りのプログラムで開催20%、曲目変更して開催47%、中止すべき26%。
・開催する場合個人として出演するか:参加したい59%、条件によっては参加したい20%、条件によっては参加しない8%、出演しない11%。
その他に練習参加時の不安について、活動休止期間にすべきこと、アフターコロナでの活動について意見を募った。
数字だけ見れば、演奏会やろう!出るよ!という団員が約2/3いることがわかったが、否定的な団員の意見も尊重しなければならない。意見交換会ではまず中止すべきという人に発言をしてもらった。概ね所属企業の方針や家族の事情などの理由が多かったが、どんなに感染予防をしてもリスクはゼロにならないから中止すべきという意見もあった。
そうこうしているうちに、やろうよ!とは言いにくい雰囲気になる。個人的な理由を聞いていてはきりがなく、出演できない団員に寄り添いつつ新響として前に進みたい。不参加の場合でも演奏会参加費を徴収しない(通常、新響では自己都合で休団する場合も演奏会参加費が満額かかる)、曲目は変更、当然適切な感染予防対策を行うことを条件として、再度アンケート調査を実施することとなった。
<2回目>
7月4日の委員会に向けての2回目のアンケートは、より数字で表現できるように5段階から選択する手法でおこなった。84の回答があり、
・新響としてどうすべきと思うか:開催すべき26%、どちらかといえば開催が良い33%、どちらかといえば中止が良い29%、中止すべき6%、どちらとも言えない6%
・開催する場合個人として参加するか:参加予定70%、参加しない(コロナの影響)16%、参加しない(コロナ以外の理由)5%。
パート別の参加予定者数もカウントした。
約6割が開催寄りの回答をしており、数字で言えばGOではある。しかし問題はある。3割の団員が不参加となると、新響の主な収入源である演奏会参加費や団員のチケット販売がその分減少する。感染の心配をする者もいる。出来る限りの経費削減をし、状況が変われば潔く中止することを約束。参加を希望する団員が全員演奏できて、新響らしくて、演奏者も指揮者もお客様も楽しめるようなプログラムにしたいと考えた。この時期にアマチュアオケの活動を再開する意義を確認し、ウィズ・コロナの活動へと舵を切った。
●お金と練習会場の問題
このシーズンの練習開始日は当初8月1日で、その後はオリンピック等のため8月22日が2回目の練習となる予定であった。開催決定から1か月では間に合わないので8/22開始とし、それに合わせて準備をしていく。ほぼ予定通りに練習を進められることはラッキーだったと思う。
不参加団員分の演奏会参加費とチケット売上げ分など100~150万円の収入減が見込まれる。少しでも経費を削減するために、まず考えたことはネット印刷を利用して印刷物を安くあげることと、有料チラシ配布をやめチケット販売を自前でやること。これで35万円ほどの節減。いつもお世話になっている業者の皆様には本当に申し訳ない。曲目変更に伴い、特殊楽器と楽譜の費用で30万円ほどの削減。助成金は曲目変更でもいただけることになった。どうしても足りない分が維持会費を使わせていただく予定である。
都内の練習会場は6月以降徐々に使用できるようになってきた。コロナ以前から予約していた練習会場のうち、2か所は特に制限がなく、体温測定や手洗い消毒、密にならないといった一般的な注意のみで使用可能でありがたいが、新響がよく利用している江東区の施設は、使用定員が大きく制限され、300m2超の広い会場でも合奏が出来ない。かといって今から合奏可能な会場を見つけることは難しく、合奏予定を弦分奏と管打分奏に変更が必要となった。
練習会場のコロナ対応は様々で、9月でもまだ管楽器演奏禁止の区もあり、活動開始のめどが立っていない団体もある。
●なぜシベリウスか
元々のプログラムは「別宮貞雄/交響曲第1番、ストラヴィンスキー/春の祭典」であった。ご存知のように「春の祭典」は5管編成、ホルン8本という巨大編成。フルでそろえば練習会場やホールのステージはぎゅうぎゅう詰めだ。そうでなくても不参加者が多くてエキストラだらけになるので、やるなら編成の小さな曲にせざるを得ない。演奏会開催決定前から指揮の湯浅先生には状況報告とプログラム変更についてのご相談をしていた。
湯浅先生もコロナの影響で仕事はすべてキャンセル。コロナ以降で最初の指揮の仕事が新響の演奏会となる。11月にイギリスでシベリウスの交響曲第1番を演奏することになっているそうで(結局イギリスに行くのは難しくキャンセル)、是非やりましょうというお話だった。湯浅先生との前回の演奏会はシベリウスの交響曲第2番だったのでその続きということもある。新響らしさということで芥川作品を取り上げることにも賛成いただいた。
小さい編成といってもいろいろな解釈がある。新響はどうしても編成の大きい曲を演奏することが多く、一般的なアマチュアオーケストラと比べて、モーツァルトといった古典派の曲に憧れがある。なので、これを機会に小編成で是非!!という声が多かった。しかし、Vn,Vaの出演者が少なく低弦や管打楽器の多くは参加すること、練習がコロナの影響で予定通りに行くとは限らないこと、奏者間の距離が通常より大きくアンサンブルがいつもと勝手が違うことを考えると、私としては、普通に2~3管編成の曲でハードルの高くない曲でと思っていた。湯浅先生から小編成のモーツァルトやハイドン、ベートーヴェン偶数番は「危険極まりない」と言っていただけ、先生と「難しい曲」のイメージがいっしょでよかった。アマチュアオケ的に「簡単な曲」というと語弊があるが、やり慣れた分かりやすい曲も候補にしていたが、むしろ皆が知り過ぎていて完成度を求められるからと、シベリウスで行こうということになった。北欧のオーケストラは10型(1stヴァイオリンの人数が10人という意味)程度の小さめの編成でシベリウスを演奏するとのこと。シベリウスの自然を感じる音楽は胸にしみ、最後の高揚感はコロナの時代の私たちに希望を与えてくれるのではないかと思う。
こうして曲目が決まったのが7月18日、練習開始まで1か月であった。
●新響の感染予防~ウィズ・コロナでの活動
維持会ニュース編集長の松下さんがDr.小出に原稿依頼をしたと聞き、どうも彼が新響の感染予防対策を考えたと思われているのかと思った。確かに彼は新響メーリングリストに感染症対策案を投稿したが、実際の「新響感染予防対策」はホールや練習会場等のガイドラインを加味し私の方で考えて案を作り、実際に練習を取り仕切るインペク陣などの意見も尊重して作ったものである。私が小出さんの投稿をスルーしたのは、ちょうどアンケート集計や候補曲の調整をしていて忙しかったのもあるが、新型コロナについての情報は刻々と変化し、直近の状況に合わせて作成したかったのと、できるだけ具体的にどうするかを示すべきと思ったからだ。歯科医師でも感染予防や公衆衛生的な考え方の教育は受けており、日々患者さんの口に手を突っ込みつつ、自院のスタッフをいかに守り安心して仕事ができるかを常に考えている。
人との間の距離や手洗い・消毒、換気などは一般的なので、新響独自なことを紹介する。一つは管楽器のフェイスシールド着用である。フェイスシールドで吹けるかどうか、まず自分で試してみた。楽器に当たって吹けないという意見を複数もらったが、私は管楽器演奏時の楽器の向きについては専門家である。まっすぐという人でも少し下を向き、顔に対して楽器がほぼ直角の人は顔自体が下を向く傾向がある。だから口元が隠れないということはないし、シートを額から離し角度調整することで影響は少なくなる。人と合わせるのはどうか、ちょうど9月の室内楽演奏会で予定していたロッシーニ管楽四重奏は各発音様式(フルート、シングルリード、ダブルリード、金管)がそろっており、フェイスシールド着用で演奏してみた。聴こえ方は少々変わるが、許容範囲内であることを確認。いろいろなタイプのフェイスシールドを紹介し、どうしてもフェイスシールドが無理と言う人のために、演奏用マスクを考案して作り方を紹介した(現在管楽器演奏用マスクがいくつか市販されているが、サージカルマスクを用いた私考案の物の方が有効ではないかと想像している)。
管楽器は何もせずに演奏することが一般的であるが、それは「プロ奏者が演奏会本番にホール舞台面で演奏する」時のことを考えての検証結果であり、アマチュア奏者が広くない会場で長いリハーサルでも大丈夫というわけではないだろう。つい話してしまうし咳やくしゃみは生理現象である。顔を触らないという効果も期待できる。
もう一つは出席簿に記入する代わりに、毎回の練習で1人1枚の出席票を提出してもらう。出席票には入室時間と体温と緊急時連絡先を記入し体調についての問診にチェックをする。出席状況と並びと距離の記録のために写真を撮る。新響は練習の出席率が高いことが魅力の一つであるが、少しでも体調が悪ければ欠席を推奨し急な欠席もしかたないと考えることとした。
可能な限り接触感染を防ぐために他人の楽器や物には触れないための具体的な対策を考えた。譜面台は各自が持参し、本来皆で行う運搬作業も大型楽器は使う本人が運ぶこととした。管楽器の唾・結露については、新響としてペットシート(吸収して床を汚さない)を大量購入し練習時に運び、使用後は各自が袋に入れて持ち帰る。消毒用アルコールは効果の高い医療用と同レベルの物を用意し触れずに噴霧し手指の消毒ができるようにした。
そして練習後の宴会の禁止。これは皆まじめに守っている、無事演奏会を行うことの方が大事だからだ。アンケートでは宴会が出来ないようなら演奏会を開催しない方がよいという意見も出ており、私も宴会までが練習と思って今まで音楽活動をしてきたが、宴会しなくても練習は十分に楽しく充実感があることが再認識できた。
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演奏会本番は、東京芸術劇場のガイドラインにそって、できるだけの感染予防対策をして開催する予定です。座席は市松模様(左右と前後が空席)になるように用意しています。今まで定員の50%以内しか収容できなかったのが、政府の方針が緩和され、9月19日にはクラシックコンサートは100%入れることが可能になります。しかし準備もあるため、今回の演奏会は市松模様のままで実施する予定です。維持会席も左右と前後が空席となり、楽々ゆったり聴けるまたとない機会となっていますので、どうぞ楽しみにしてください。
2020年9月発行(第251回演奏会)維持会ニュースより