コントラ・ファゴット、令和の大修理
■コントラ・ファゴットという楽器
少々大袈裟なタイトルをつけましたが、本年7月、維持会費で団所有のコントラ・ファゴットのオーバーホールを行いました。
コントラ・ファゴットは、木管の最低音部を受け持つファゴットのさらに1オクターブ下の音を演奏する超大型木管楽器です。ちなみに、この呼び方はドイツ語でありまして、英語ではダブル・バスーン、もしくはコントラ・バスーンといいます。最低音のB♭は5弦コントラバスの最低音Cより低く、88鍵のピアノの最低音であるAから半音しか違わないという低さ。そのため管長が約6mと非常に長く、管が4回も折り返されています。もはや楽器というより大型工作機械にしか見えないかもしれませんし、乱暴に言えば、まあ音もそんな感じでしょうか。
団所有のコントラ・ファゴット(右端)と団員の普通のファゴット。2本写っているのはたまたまで、特に意味はありません。
1600年代中頃に開発された楽器で、ヘンデルやハイドンが祝典音楽や宗教曲に使用し始め、交響曲ではベートーヴェンが第5番で初めて使用したことが有名です。「第九」でも使われますが、この頃はまだコンラバスの補強という役割。後年、フランス近代の作曲家やマーラーなどによりオーケストラの中で目立つソロが与えられるようになります。尚、どのような曲で、どのように活躍するのかは、第2部に委ねることとしましょう。
■新響の楽器はどんなもの?
さて、新響のコントラ・ファゴットですが、これはとても古い楽器で、今回のオーバーホールで解体されたところ、製造番号が455であることが判明。修理をお願いしたマイスターの調べでは、1933(昭和8)年の製造と想定されるそうです。年齢にすれば満89歳。黒柳徹子さん、草笛光子さんと同い年になります。
1933年といえば、この楽器の生まれ故郷であるドイツでは、アドルフ・ヒトラーが首相に就任。日本は中国大陸への進出により国際連盟を脱退し、世界から孤立し始めます。その後の大戦へ向けて、世の中が不穏な空気を醸し始めた時代といえるでしょう。
分解されて初めて判明した製造番号。最近の楽器は分解しなくても確認できる金属部分に刻印されています。
そのような時代にファゴットの最もメジャーな製造者であるヘッケル社*の工房で生まれたこの楽器は、海を渡って日本へやって来て日本放送協会(NHK)の所有となります。NHK交響楽団で使用された後、ポストを新しい楽器に取って代わられたのでしょうか、使われなくなったものをN響のファゴット奏者として活躍された山畑 馨先生から有償にて譲り受けたと聞いています。いつごろ新響の所有になったのかについても、古老といわれるOBの方にヒアリングを試みましたが、判明しませんでした。ただ、私が入団した1982年には、既に「かなり古い楽器」として新響に存在しており、ヘッケル製と聞いて「すげーな」と驚いた記憶があります。
<注釈>
*1813年に創業されたファゴットの世界的メーカー。ドイツ中西部、ライン川に面したヴィースバーデンに拠点を構える。極めて高い品質を誇り、一昔前プロの世界では「ヘッケルにあらずばファゴットにあらず」とまでいわれたほど。基本的に受注生産で「何年待ち」といわれているが、中古品の出物もあり、ひょんなことで待たずに手に入れてしまうケースも多いと聞く。アマチュア奏者の中でも、運と経済力に恵まれた人が所有することがある。
新響のコントラ・ファゴットのベルの部分。ヘッケル社の刻印(楕円形のプレート)の下に、「日本放送協會 第三十五号」と手彫りされている 。
■今回のオーバーホールとこの楽器のこれから
当団のコントラ・ファゴットは、私が関わった範囲では、約30年前と約15年前にも維持会費でオーバーホールを行わせていただきました。30年前には石森楽器で超ベテランの職人さんに徹底的にやってもらい、15年前は野中貿易の工房で少々軽めのオーバーホールを実施。今回は横浜に工房を構えるファゴット専門のマイスターに依頼し、すべて分解してタンポ(トーンホールをふさぐフタのようなもの)やキーのフェルトなどを全数交換して、全体の調整をやってもらいました。このマイスターはプロ奏者からの信頼も厚く、工房では、第一線で活躍されている有名人の楽器が何本も分解されて置かれているのを目にすることができます。海外のメジャーオケからも修理依頼が来る、とても腕の良い人ですので、これでしばらくは良い状態で鳴ってくれるのではないかと期待しています。
昭和初期にドイツで産声を上げ、日本に渡ってN響で活躍した後に、昭和・平成・令和とアマオケで第二の人生を送っているこのコントラ・ファゴット。「ちゃんとメンテナンスをやっていけば、あと100年は使えますよ」とのお墨付きをマイスターから頂戴しました。ちなみに、ヘッケル社のコントラ・ファゴットをいま新品で購入するとしたら、多分1000万円を超えるでしょうし、発注から納品までどれだけの年月がかかるのか分かりません。そういう意味でも、アマオケとしては極めて貴重な楽器を保有していることになります。いまもとても良い音色で鳴ってくれているこの楽器を、これからも大事に使い続けていきたいものです。
このように、維持会費は団所有の楽器の購入や修理、メンテナンスなどに有効に活用させていただいています。今後とも変わらないご支援、何卒宜しくお願い申し上げます。