コントラ・ファゴット演奏記
■オーケストラにおけるコントラ・ファゴット
コントラ・ファゴット特集の第2部では、コントラ・ファゴットを効果的に使用したオーケストラの名曲を、実際にこれらの曲を演奏した際の筆者の個人的な感想などを織り交ぜながらご紹介します。
コントラ・ファゴットはいわゆる「特殊楽器」であり、基本的には大規模な編成の楽曲にしか出番がありません。しかし新響は大編成曲に取り組むことが多いうえ、素晴らしい団楽器を所有していますので、コントラ・ファゴットがコンサートに登場する頻度は他のアマオケに比べてもかなり高いと思います。
では、どういった楽曲に、どのような役目で登場するのか?まずは、コントラ・ファゴットの楽器としての特徴をご紹介しますと、最低音域の約1オクターブは凄い音がします。音量や音程というより「バリバリ」「ビリビリ」「ゴオオ」といった重低音です(余談ですが、この音域を吹きながらテレビなどのブラウン管モニターを見ると、画面が波打って見えます。まさに自分の体全体が振動している感覚で、一度体験すると病みつきです)。プリミティブでエッジが立っており、存在感はあるのですが、チューバのようなオケ全体を抱擁する厚みのある音質ではありません。また音域によって鳴り方の差がかなり激しく、低音域以外は音量がガクッと減り、響きが少なく細い音になってしまいます。しかも音程も全体的にそれほど良くありません(というか低すぎてよく判らない)。
こうした特徴から、コントラ・ファゴットがオーケストラの中で担う役割は
①見た目要員(デカくて目立つので座ってるだけで大編成っぽさを醸し出す)
②ベースライン(でもメインじゃなくてサポート)
③たまーにソロ
となります。全体の9割以上は「②ベースライン」のお仕事であり、コントラ・ファゴット単体として目立つような場面は稀です。このため、コントラ・ファゴットは音質や音程にさほど気を遣わず、とりあえず出番が来たらバリバリ物音をさせておけばよいという甘い認識が流布しがちです(本人は自己満足に浸っているがブリブリ五月蠅いだけのコントラ・ファゴット奏者のことを、界隈では自戒を込めて「工事用ドリル」と呼びます)。しかし実際には、オーケストレーションを俯瞰して自分の役割を考え、よく計算して吹くことで、オケ全体のサウンドにうまく効果をつけたり、リズムやテンポのエッジ・芯となることが可能です。筆者としては、ファゴットに比べてコントラ・ファゴットが面白いのは、こうした客観的な「調整作業」が楽しめるあたりだと思っています。
また「③たまーにソロ」については、曲の絶対数は少ないのですが、コントラ・ファゴットにソロ、またはパートソリを書いてくれる作曲家としては
・マーラー
・ラヴェル
・ストラヴィンスキー
・ショスタコーヴィチ
などが代表格です。これらの作曲家の曲に加えて、デュカスの『魔法使いの弟子』が吹ければ、コントラ・ファゴット吹きとしてのソロ・レパートリーはほぼコンプリートです。音質が非常に特徴的な楽器であるため、ソロも音色を活かした、キャラクターの立った内容のものが多く、比較的悩まずに楽しく吹くことができます。では、コントラ・ファゴットが活躍する名曲をいくつかご紹介しましょう(新響の演奏会で筆者が近年実際に吹いた楽曲に絞っていますので偏りあり)。
■コントラ・ファゴットの名曲たち
①ラヴェル:管弦楽組曲『マ・メール・ロワ』より「美女と野獣の対話」 →第227回演奏会(2014年10月、指揮:矢崎彦太郎先生)
エロール・ル・カインによる「美女と野獣」
コントラ・ファゴットをソロ楽器として扱った曲の代表格。クラリネットが囚われの美女役(何故かクラリネットは「美女」の役を当てられることが多いですが、この時の「美女」はクラリネット首席のS田氏でした)、コントラ・ファゴットが彼女に求婚する野獣役となり、両者の対話が展開されます。最終的に美女が求婚を受け入れると、野獣にかけられていた呪いは解け、人間の姿に戻った野獣と美女はめでたく結ばれる…というストーリーが、ラヴェル一流のオーケストレーションで見事に表現されています。5分足らずの小曲ですが完全にコントラ・ファゴットだけで1つのキャラクターを演じ切れるので自由度が高く、没入して吹ける素晴らしいソロです。
このソロを吹くにあたり、当然悩んだのは「『野獣』とは何ぞや?」ということ。ラヴェルのメロディからは粗野で凶暴なモンスターという印象は受けず、立ち振る舞いは優雅で品性が感じられるけれど見た目だけ(呪いのせいで)グロテスク、というイメージでした。「美女と野獣」の原作(もとはフランスの異類婚姻譚です)を調べたり、映画や絵本などを見比べたりと色々研究した結果、筆者の場合は、エロール・ル・カインというシンガポールの絵本作家が描いた野獣をイメージモデルとして音色やフレーズ作りを行いました(しかしプロの演奏を聴いても実に様々な野獣が居り、野獣界は相当広いようです)。
また、このソロはとにかく音域が広く、最低音域のEから、上はその2.5オクターブ上のB♭まで出てきます。超低音の、いかにも「野獣」といったグロテスクな音色と、意外と線が細くて優雅な高音域の音色の振れ幅の広さ、いびつなアンバランスさがうまく出れば最高なのですが、実際には音を出すのも一苦労でした(超高音域は普段使わないので指使いを知らず、インターネットで運指を調べたところ「good luck!」と書いてあり目を疑いました)。
②ラヴェル:管弦楽のための舞踏詩『ラ・ヴァルス』 →第227回演奏会(2014年10月、指揮:矢崎彦太郎先生)
ラヴェルの代表作の1つであり、この曲の優雅さ・狂気・崩壊の予感が綯い交ぜになったグロテスクな雰囲気づくりに、コントラ・ファゴットのゴリッとした低音が一役買っています。また、意外と知られていないのですが、早い半音階で乱高下するコントラ・ファゴットのソロがあります。この部分は、半音階の下降音型が高音の木管楽器を何種類かリレーしながら降りてきて、コントラ・ファゴットで折り返してファゴット(アンカー)に引き継ぐという瞬間芸的な見せ場になっています。大方の作曲家は、コントラ・ファゴットについてそれほど器用な楽器ではないと思っている節がある中、こんな技巧派のリレー選手にまで抜擢してくれるところに、ラヴェルのコントラ・ファゴット偏愛を感じます(ちなみにこれがブルックナーだと、木管楽器のリレーはだいたいフルート→オーボエ→クラリネット までで、並ファゴットすら仲間に入れてもらえません)。指揮の矢崎先生からは、この部分について「ちょっとコントラ・ファゴットの音程がはっきりしないな。もう少し半音階だって判るように吹いてくれない?」と血も涙もないリクエストが結構しつこくありました。先述のとおりコントラ・ファゴットの低音域というのはもはや骨伝動に近く、吹いている本人も実はイマイチ音程が判りません(結局それほど器用な楽器ではないのです)。とはいえ指揮者から敢えてリクエストがあったからには開き直るわけにもいかず、なんとか半音階だと判ってもらえるように練習したのですが…合奏中にしっかり吹けたぞ!と思って矢崎先生のお顔を見ても「ふふ~ん?」みたいな半笑いでいらっしゃり、会心の「OK!」という表情はして頂けないままに終わってしまいました。めちゃくちゃ悔しいので『ラ・ヴァルス』はもう一度吹きたい曲の1つです。
③マーラー:交響曲第2番『復活』第4楽章 →233回演奏会(2016年4月、指揮:飯守泰次郎先生)
冒頭のアルト独唱に続き、金管楽器のコラールが奏でられます。このコラールの最後、ドミナントからトニカへ終止する和音にほんの少しだけコントラ・ファゴットが重ねられています。音にしてたった3つ分の出番なのですが、これが世界の深度を劇的に変える素晴らしい働きをするのです。コントラ・ファゴットの最低音が加わることで、それまで名もなき木造の教会で賛美歌を歌っていたのが、一気にサン・ピエトロ大聖堂の石造りのドームになります(イメージ)。低音フェチとしては垂涎の出番なのですが、張り切る気持ちを抑えつつ、荘厳に、穏やかに、深い音で、しかし存在感ばっちりに吹かねばなりません。マーラーはコントラ・ファゴットを重用してくれる作曲家の1人ですが、筆者としては、この場面での使われ方が費用対効果ナンバーワンだと思います。
『復活』第4楽章の金管コラール。和音が終止する最後の3音だけ、コントラ・ファゴットが重なる
④マーラー:交響曲『大地の歌』第6楽章 →217回演奏会(2012年4月、指揮:飯守泰次郎先生)
第6楽章の冒頭から、低音楽器のCのロングトーンが「ズゥーン…」と繰り返し鳴り響き、ここにオーボエなどのメロディが乗っかってきます。この低いCは、低弦(ピッチカート)+コントラ・ファゴット+ハープ+ホルン2,4+銅鑼 で奏しますが、音が減衰していく楽器が多いため、コントラ・ファゴットが持続音の低い響きの要となります。また短いですが諦観あふれる静かで素敵なソロもあります。
この時の指揮者は飯守先生。第6楽章に出てくる弦楽器の特殊なリズムのことを「ここは不整脈です!」と繰り返し仰っていたのが印象的でした。それまでは、コントラ・ファゴットの低いCのロングトーンはお寺の鐘(梵鐘)のイメージかな?と思って吹いていたのですが、飯守先生のお話を聞いてからは「なるほど、あちらが不整脈なら、この繰り返されるCも心身の不調の表出=頭痛だな」と勝手に納得。当時筆者は入団2年目のペラペラ新人で、飯守先生が恐ろしくてたまらず(音程や発音に異常に厳しいのです)、周りのベテラン団員も気合十分で鬼気迫っていたため、非常に張りつめた精神状態で吹いていました。緊張のあまり本当に頭痛がしてくるほどで、真に迫った表現ができていたかもしれません(笑)今でもこの楽章の冒頭を聴くと、あの時の空気感が蘇って不整脈を起こしそうになります。
⑤ブラームス:交響曲第3番 →222回演奏会(2013年7月、指揮:山下一史先生)
コントラ・ファゴットの使い方が上手い作曲家として、忘れてはならないのがブラームスです。ブラームスは、管楽器セクションにおける最低音パートとしてチューバよりもコントラ・ファゴットを頻用しています(チューバは当時発表されたばかりの新しい楽器でした)。ソロではないのにコントラ・ファゴット単体の音色もしっかり聞こえるし、オーケストレーションにおいてもキーとなる、非常に重要でやりがいのある役割を担わせてくれます。このためコントラ・ファゴット奏者は例外なくブラームスが好きです(断言)が、だからこそ良い音色、音程、音量とニュアンスで最高のアンサンブルを追求したくなってしまい、ものすごく悩みます。筆者はブラームスのコントラ・ファゴットが一番難しいと思っています。
第1楽章の展開部。主題がミステリアスに暗示される場面で、コントラ・ファゴットの超低音が轟く。
四角く囲ったC♭はコントラ・ファゴットがコントラバスより1オクターブ低い音域で吹いている(この超低いC♭は、通常の4弦コントラバスでは音域外)
交響曲第3番もコントラ・ファゴットが有効に使われています。特に第1楽章の真ん中あたり、展開部が始まるところはコントラ・ファゴットの低い響きが炸裂しており、一発で「ここから展開部だな」と判るような暗い緊張感を効果的に演出しています。恐らくですが、このコントラ・ファゴットの役目を例えばチューバで代わりに吹いたとしても、音質が柔らかすぎてコントラ・ファゴットほどのおどろおどろしさは出ないでしょう(自画自賛)。ブラームスに、ソナタ形式の構成の要として活用してもらえるのは至上の喜びであります。
⑥プーランク(フランセ編):『ぞうのババール』 →223回演奏会(2013年10月、指揮:矢崎彦太郎先生)
コントラ・ファゴットに限らず、特殊楽器を扱う上で「持ち替え」は重要なスキルの1つです。ただでさえ緊張する本番中に、落とす・リードを割る・間違える(特にクラリネットは見た目がそっくりなB♭管とA管を頻繁に持ち替えるため「勘(管)違い」の危険性が高い)といった様々な事故リスクを回避しながら、心身を瞬時に切り替えねばなりません(楽器によって息の圧力、アンブシュア、指使い、譜面の読み方、演ずべきキャラクターなどが全然違います)。作曲家の中にはこの辺りをあまり考慮してくれない人も居て、物理的に楽器の持ち替えが間に合わない場合もありますが、そんな時は適当に前後の楽譜の一部を端折ってしまいます(俗に「捨てる」と言います)。
プーランクの『ぞうのババール』は同名の絵本をもとにしたナレーション付きの音楽劇で、2ndファゴット奏者がコントラ・ファゴットを持ち替えて演奏します。ファゴット族の活躍する場面が非常に多い曲で(音色が象っぽいからでしょうか)、主人公の象が体操をするシーンはコントラ・ファゴットの長い単独ソロ、その次の象たちがドライブするシーンではファゴット2本による別のソロ…という調子に、前後どちらも絶対捨てられない場面でのノータイム持ち替えが頻発(ほぼ象しか出てこない話なので、ファゴットが象役なら当然かもしれません)。各シーンの音楽の間をナレーションがつなぐ構成だったので、短いナレーションの間にコントラ・ファゴットからファゴットに大急ぎで持ち替えて、またナレーションの間にこんどはコントラ・ファゴットに持ち替えて…という感じで、しまいには自分が今吹いてるのはファゴットなのかコントラ・ファゴットなのか判然としなくなってきてしまい、頭と口が大混乱状態でした。筆者の中ではこの曲がダントツで持ち替え難易度ナンバーワンです。この時はフリーアナウンサーの中井美穂さんをナレーターとして招聘しており、中井さんの素敵なお話が聞けるのを心待ちにしていたのですが、実際はそれどころではなく「何でも良いからなるべくゆっくり話してくれ…!」とひたすら願いながら持ち替えしまくっていたためお話を楽しむ余裕はありませんでした。
こんな調子で、コントラ・ファゴットを編成に含む楽曲の生演奏をホールで聴かれる際には、持ち替えに着目されると、冷静を装いつつ必死で心身を切り替えている奏者の様子が観察できてなかなか面白いと思います。マーラーの交響曲などがおすすめです(たった一発の三和音のためにコントラ・ファゴットを3rdファゴットに持ち替えさせるなど、ギリギリの瞬間芸が多い)。
いかがでしたでしょうか。「もともとそれほどコントラ・ファゴットに興味ないし…」という読者の皆様の声が聞こえるようですが、今回、維持会費で修理をさせて頂いたご報告としてニュースに寄稿の機会を頂けることとなったため、つい欲張って特集を組んでしまいました。今回の演奏会でも、シュミットの交響曲第1番にコントラ・ファゴットが登場します。シュミットのオルガンのようなサウンドを支える最低音として、随所で良い仕事をしています。オーバーホールでますますパワーアップした新響のコントラ・ファゴットに、是非注目(耳)してお聴き頂ければ幸いです。