HOME | E-MAIL | ENGLISH

デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」

浦 美昭(ファゴット)

 デュカスは1865年にパリで生まれたフランスの作曲家であり、31歳の時に作曲したこの曲で一躍その名を高めた。この曲は、ドイツの文豪ゲーテが1797年に書いた同名のバラード(物語詩)のフランス語訳に基づいて作られている。ちなみに、ゲーテの詩は紀元二世紀のシリアの風刺作家ルキアノスの「嘘つき、または懐疑者」にヒントを得て書かれたといわれている。どのような物語なのか、ゲーテの書いた物語にルキアノスの短編を織り交ぜて脚色してみた。

序 奏
 今日は魔法使いの先生がお出かけで留守。静かな屋敷には僕ひとり。(ヴィオラとチェロのフラジオレットにのって弦楽器やこれに続く木管楽器が遅いテンポで静かな屋敷内の水や箒のテーマを奏でる)僕は箒(ほうき)を手に取り、先生の真似をして着物をきせてみた。(速いテンポで演奏される木管楽器による弟子のテーマ)このあいだ盗み見たあの魔法がうまくいけば、箒に買い物へ行かせたり、料理を作らせることだって出来るんだ。これで仕事や家事が楽になりそう。でも先生、僕に魔法をたくさん教えてくれたのに、あの魔法だけは教えてくれなかった。何故だろう?(急にテンポが速くなり、弱音器をつけたトランペットの魔法使いのテーマは、まるで弟子が先生の真似をして呪文を唱えているよう)さあ、例の呪文を唱えるのだ。この僕が奇跡を起こして見せようではないか。渾身の力を振り絞り、僕は呪文を叫んだ。「モビリコーバス!箒よ動け!」(ハリーポッターに出てくる呪文だそうで…失礼。ティンパニの一打で突然ファルマータ休止、魔法が効いた?)

スケルツォ
 固唾を飲んで見つめる僕の前で、箒は二本足でむっくり起き上がったかと思うと、よちよち歩き出したではないか。(箒のテーマはファゴットによるこっけいなスケルツォ)ようし、今からは僕の言うとおりに動くのだ。「バケツを持って川から水を汲んでこい!」箒のやつ、川辺にすっ飛んでった。水を汲んだかと思うと電光石火で戻ってくる。そして水槽に水をざあっとぶちまけた。ほら、もう二度目だぞ。水槽も水がめも、あの水盤にもこの水盤にも水がなみなみ溢れてる。目にも止まらぬ早わざで、水はどんどん増えてくる。(箒のテーマ、水のテーマが繰り返し演奏される)どんなもんだい、僕の魔力は先生に負けてないぞ。
 でも、もうそろそろやめてくれ!お前の働きは存分にわかったから!えい、しまった。もとの姿に帰す呪文を覚えてなかった。これじゃあ部屋は水浸し。あいつめ、つぎつぎ新しい水を運んでくる。水がどんどん僕に襲いかかる。もうこれ以上ほってはおけん。先生に見つかったら叱られる。斯くなる上は、この斧で箒を叩き割ってくれよう。「えいやーっ!」(短い休止)ほれみろ見事に命中、箒は真っ二つ。これで一安心…と思ったら。割れた箒の一方がむくりと起き上がり、また水を汲みはじめた。(ふたたびファゴットによる箒のテーマ)かと思うともう一方も起き上がり、とうとう二人の召使いが出来上がってしまった。こいつらのまあよく働くこと!広間も階段も水浸し。なんともすさまじい大洪水!先生、大先生、どうかおろかな私を助けてください!(箒、弟子、水のテーマがますます入り乱れる)

コーダ
 (金管楽器のファンファーレにのせて)魔法使いの大先生のお出ましだ。そして最後に、師曰く『隅に退け、箒よ、箒!汝ら本来、箒なり。何故ならば汝らを霊として呼び出し、その目的に供し得るは、ただ練達の師あるのみなれば』

 日本の昔話の似た話を思い出した。道に迷った旅の老人を泊めた親切な若者は、お礼に老人から何でも希望のものが出せる石臼をもらう。若者は村人のみんなに石臼を使ってご馳走をふるまった。しかし、悪い村人に石臼を盗まれてしまう。悪い村人は、これさえあれば金持ちになれると船で海へ逃げる。途中でおむすびを食べようと石臼に塩を出させるも、止め方がわからず、あふれ出た塩の重みで臼は海の底に沈んでしまう。臼は塩を出し続け、そのために海の水は塩辛いというお話。
 また西洋では神の言いつけを守らず禁断のりんごを食べ、エデンの園を追放されたアダムとイブの話や、天まで届くバベルの塔を作ろうとしたため神の怒りを買い、異なる言語を話すようになった人々の話などがある。神様だけではなく、自然などに対しても畏敬の念を忘れ、それを真似しようとしたり、支配しようとまでする人間のおろかな行為に対し、大先生の最後の言葉は、わたしたちが越えてはならないものの存在を教えてくれる。
 ドイツ人の知人に聞いたところ、『魔法使いの弟子』の話はドイツの小学校の教科書に載るくらい誰もが知っているそうだ。かわいらしくユーモラスで含蓄のあるこの物語を、デュカスは音楽によって見事に映像化している。
 ファゴット吹きからひとこと。箒の役を演じるファゴットは、楽器の見た目も箒の柄に似ている。重い水をふらつきながらも黙々と運ぶ姿をぜひご想像ください。また、斧で真っ二つにされたあとゾンビのようにムクムクと起き上がる様子は、コントラファゴットが不気味に演じます。

初  演:1898年、パリにて作曲者自身の指揮による。
楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、コルネット2、トロンボーン3、ハープ、ティンパニ、大太鼓、シンバル(合わせ・吊り)、トライアングル、グロッケンシュピール、弦五部
このぺージのトップへ