ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
塩塚真理子(ヴァイオリン)
「魔弾の射手」や「舞踏への勧誘」で有名なカルル・マリア・フォン・ウェーバーは、1786年ドイツのオイティンに生まれた。
フォン(Von)が付いている家名からも分かるように、彼の家は貴族(男爵)であった。彼の父親は職業に永続性がなく、将校、役人、指揮者と職を変え、ウェーバーの生まれた翌年には劇団を結成する。そのため彼は幼い頃からドイツ、オーストリア全土を回ることとなる。
幼少より劇に親しんだウェーバーはオペラ作品へ飛躍する基礎を着実に培っていった。
特筆すべき事は、父方の従姉妹にあたる人がコンスタンツェ、つまりモーツァルト夫人であったのである。音楽家でもあった父親が、自分の子供を義従兄弟のモーツァルトのような音楽家に育てようと夢見た事は想像に難くない。(ウェーバーの生まれた年―1786年、モーツァルトは30歳で、「フィガロの結婚」を初演している。)
そのような環境のもとでウェーバーは9歳より正式な音楽教育を受け、18歳でブレスラウの歌劇場の 指揮者に就任する。その後プラハ歌劇場の芸術監督を務め、31歳でザクセン宮廷の楽長に任命され、ドレスデン歌劇場を本拠地とする事となる。
当時宮廷ではオペラというと、イタリアオペラが主流で、ドイツものは陰をひそめていた。そこでウェーバーはモーツァルトのドイツオペラ(「魔笛」が代表的)の手法を継承し、本格的なドイツオペラを書きあげた。それが彼の35歳の時に大成功をおさめた作品「魔弾の射手」である。
ウェーバーは若い時に2曲の交響曲を書いているが、もともと交響曲には固執しなかったようで、専らオペラの分野で活躍をしていた。
彼は、時代的に見ると古典派の時代に生きた作曲家だが、劇的・叙事的表現を画期的に進歩させ、ロマン派音楽の門を開き、又「交響詩」という新しいジャンルの方向へ導いていった作曲家であり「ロマン派の先駆け」に位置している。豊かなインスピレーションからくる〔大胆な和声法〕と斬新さを持ちながら〔気品あるメロディー〕を兼ね備えている。
それゆえウェーバーのメロディーは一度聴いたら人の心を離さない魅惑的なものが多い。
又、ウェーバーは当時まれにみるピアノの名手でもあり、オペラだけでなく優れたピアノ作品を数多く残していることも加えておかねばならない。
本日演奏する序曲「オベロン」は、ウェーバーが40歳の時の作品である。この時彼は結核を患っていて、この曲が絶筆の作品となる。
オペラ「オベロン」(または妖精の王の誓い)
「オベロン」は1826年、ロンドンのコヴェントガーデン歌劇場から依頼されたオペラで、台本はすべて英語によるものであった。ウェーバーは自らの死期を悟り、異例の速さで曲を書き上げた。そして病苦を押して渡英し、自身の手による指揮で大成功を収めた。
台本はシェークスピアの「真夏の夜の夢」と「テンペスト」をあしらったもので、この台本の基となったものは、ウィリアム・サザビーの翻訳したウィーラントの叙事詩「オベロン」である。そのため、おとぎ話のような雰囲気を出しつつ、さらに東洋のエキゾチックさを織り交ぜながら、幻想的な音楽に仕上げられている。
ウェーバーの指揮した初演は大絶賛を博したが、今日では台本が支離滅裂と評されていて、オペラとして上演されることはほとんどなく、序曲は管弦楽曲の傑作としてしばしば演奏されている。
この序曲は、オペラに登場する人物達の様々なテーマを盛り込んでいる。イメージし易くするため、あらすじを簡潔にまとめると、次のようになる。
紀元800年頃、妖精の国が舞台である。
妖精の王、オベロンは王妃ティタニアと「真実の愛」について夫婦喧嘩をしてしまう。そして「どのような困難にも負けずに愛し合う男女を見るまでは、仲直りをしない」と決めてしまう。オベロンはそのカップルに騎士ヒュオンとバクダッドの女王レツィアを選ぶ。二人はオベロンの魔法により相思相愛になり、様々な困難を乗り越えて最後に結ばれ、オベロンとティタニアもめでたく仲直りする。
Adagio sostenutoの序奏は20小節あまりの短さであるが、魔法の世界の不思議さ、妖精の情景を次のように表現している。すなわち、魔法の角笛(第一ホルン)で呼び掛ける妖精の王オベロン。妖精達が眠りから覚め(弱音器をつけたヴァイオリン)、ひそやかに答える。6小節目で、木管(フルート、クラリネットのppp)のスタッカートの音型が、風にふわりと舞う妖精達の群を思わせる。続いて行進曲風に奏され、やがて突如全ての楽器の強奏和音が鳴ったかと思うと瞬時に幻が消えたかのように沈黙があり主部へ。
主部はAllegro con brioニ長調。4/4ソナタ形式。
騎士ヒュオンの様子を表すような第一主題は、第一ヴァイオリンの16分音符のパッセージで勢い良く発展していく。急に魔法の角笛が鳴り妖精達が飛び交う。
続いてヒュオンのアリアのテーマがクラリネット独奏で現れる。
さらにレツィア「わが君、わがヒュオン」のテーマが歓呼するように奏される。
参考文献
『名曲事典』音楽之友社
『新音楽辞典』音楽之友社
『モーツァルトとコンスタンツェ』
フランシス・カー著 音楽之友社
『世界音楽名盤集7』コロムビア洋鑑賞協会(編)
初 演:1826年4月12日 作曲者指揮 ロンドン・コヴェント・ガーデン歌劇場
楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、 ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、 弦5部