HOME | E-MAIL | ENGLISH

プロコフィエフ:スキタイ組曲(アラとロリー)

高梨健太郎(クラリネット)

 スキタイ組曲を知っている人が、この曲を知らない人に紹介する時、決まって第2楽章を口ずさむ。スキタイ組曲の持つ粗野な部分が非常に印象的なのであろう。
 クラシック音楽と言えば、音量を増幅する機械を使用せずに、奏者一人一人の演奏が直接聴衆の耳に 届けられる。大きなホールで2000人を相手に、一人の奏者しか音を出していないという状況も、クラシ ック音楽ならではである。逆に、100人近くの奏者が舞台に集まり、皆それぞれ全力で弾き、吹き、叩 く時の迫力は、これもまたクラシック音楽の醍醐味である。数名の演奏をマイクで拾い、それを100名 分の音量でスピーカーから流すのとは違う。
 単に音量ツマミをひねった結果の「うるさい」音と、舞台上で奏者があえて「うるさい」音楽を表現するのは別物であり、後者には音量だけではなく、そこにいる奏者が何かを伝えようとする気合いのようなものが加味されるのである。このスキタイ組曲は、まさにその典型であると言えよう。この曲が始まる直前、おびただしい数の管楽器・打楽器が入場してくる。各奏者が舞台上の所定の位置につき演奏開始を待っている時、舞台上の雰囲気はまさに「戦闘配置につく」といった様相を呈し、これからの大戦(おおいくさ)に向けての気合い十分である姿が見てとれるはずである。

 個人的な話で恐縮だが、私はこの曲ばかり聴いていた時期があった。学校の友人がチャゲアスやサザ ン、X(エックス)やプリプリ等に夢中になっている横で、毎日のようにスキタイ組曲を聴く中学3年生。当時の私は、とにかく騒々しい曲が好きで、後述する「春の祭典」や「中国の不思議な役人」等と並んで、毎日のヘビーローテーションに組み込まれていた。
 楽器吹きは、曲が好きになると、演奏したくなる。14、5歳の私が憧れたこれらの曲を、当時所属して いた吹奏楽部で演奏するのは夢のまた夢であり、オーケストラスコアを購入して、もし演奏できるとしたら自分が吹くであろうパートの譜面を1人で吹いたりするくらいしかできなかった。傍から見れば、相当奇特な中学3年生であったに違いない。
 ところが、現在私が所属しているこの新交響楽団という所は、私のような奇特な者、むしろその上を 行く人間が集まっている。上記の「春の祭典」や「中国の不思議な役人」等を次々と取り上げ、練習 後の飲み会では、私の知らないような作品について延々と蘊蓄を傾けるような濃厚な世界が繰り広げら れる。
 今回、このスキタイ組曲を演奏会で取り上げることが決定し、やりたい事がある。中学3年生の自分 に会いに行き、「大丈夫! 将来、君はこの曲を吹けるから!」と声をかけたい。どんなにか喜ぶだろ うか。
 今の自分の中には、当時の自分がかすかに残っている。練習の度に、当時の自分が大変喜んでいるのを感じる。新響は、そんな私を凌駕するほどの情熱を、この曲に、自分の楽器に、オーケストラそのも のに傾けてやまない者の集まりだと言っても過言ではない。そのような者が大量に舞台にひしめき合い 演奏するその心意気、迫力を是非受け取っていただきたい。

 プロコフィエフは、「ピーターと狼」「ロメオとジュリエット」等で有名な、ロシアの作曲家である。美しいメロディ・ラインや、魅力的な転調が印象的である。このスキタイ組曲は、彼が20代中盤に差し掛かった頃の作品である。
 当初は、スキタイ人を題材とした「アラとロリー」というバレエ音楽として構想されたが、興行主であ るバレエ団のディアギレフにより、「これでは春の祭典の二番煎じである」としてこの話は断られてし まう。そこで演奏会用の作品として組み直し、管弦楽組曲「スキタイ組曲」として1916年に発表した。 ある程度物語性を残しているので、「アラとロリー」という題名が付されることが多い。

■アラとロリーのあらすじ
 あらすじを簡単にご説明する。古代のイラン系遊牧騎馬民族「スキタイ」の信仰の対象である「太陽 神ヴェレス」。その娘が森の神「アラ」である。その反対勢力が、暗黒魔人「チュジボーグ」。チュジ ボーグはアラを誘拐するが、スキタイ人の勇者ロリーがヴェレスの助けを借りアラを救う、というのが 内容である。
 さらに、この曲の物語性への理解を深めるため、楽章ごとに解説を加える。

第1楽章「ヴェレスとアラへの讃仰」
野蛮で色彩的な音楽は、スキタイ人の太陽信仰を表している。兇暴な部分は太陽神ヴェレスを、柔和 な部分はその娘アラを表している。

第2楽章「邪神チュジボーグと魔界の悪鬼の踊り」
スキタイ人がアラに生贄を捧げていると、7匹の魔物に取り囲まれた邪神チュジボーグが野卑な踊り を舞い始める。

第3楽章「夜」
邪神チュジボーグは夜陰に乗じてアラを襲う。月の女神たちがアラを慰める。

第4楽章「ロリーの栄えある門出と太陽の行進」
勇者ロリーがアラを救いに現れる。太陽神ヴェレスがロリーに肩入れして、チュジボーグを打ち負かす。勇者と太陽神が勝ち、日の出を表す音楽によって組曲が終わりとなる。

 冒頭の例に加え、吹奏楽コンクールでよく取り上げられる楽章は第2楽章であり、その短くまとまっ た演奏効果抜群の内容は、非常に記憶に残る。しかし、プロコフィエフは自伝の中で、「第1、第2楽 章はすぐにできたが、第3、第4楽章は作曲に時間がかかった。それだけに、第3、第4楽章の内容に は自信を持っている。」と語っている。是非、第3楽章冒頭の静謐な雰囲気、第4楽章最後の太陽神の イメージの圧倒的な表現も楽しんでいただきたい。

初  演:1916年1月29日 ペトログラード(現サンクトペテルブルク)にて、作曲者自身の指揮による
楽器編成:ピッコロ1、フルート3(アルトフルート1持ち替え)、オーボエ3、コールアングレ、クラリネット3(第3奏者は小クラリネット持ち替え)、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット1、ホルン8、トラ ンペット5(第3奏者はソプラニーノ・トランペット持ち替え、第4奏者はアルト・トランペット、第5奏者は省略可)、トロンボーン3、バストロンボーン1、テューバ1、ティンパニ、シンバル2、大太鼓、トライアングル、タムタム、タンブリン、小太鼓、グロッケンシュピール、シロフォン、チェレスタ、ハープ2、ピアノ、弦五部

参考文献
『プロコフィエフ 自伝/随想集』 セルゲイ・プロコフィエフ 田代薫訳 音楽之友社
このぺージのトップへ