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プーランク(フランセ編曲):「ぞうのババール」

吉田仁美(フルート)


 子どもたちが大好きな絵本、『ぞうのババール』。絵本が生まれたフランスでは、ババールの生誕80周年を記念する展覧会が、昨年9月までパリ装飾芸術美術館のおもちゃギャラリーで開催されていました。本日演奏するプーランクの『ぞうのババール』についても、子供向けのコンサートでお馴染みの演目であるようです。ババールの絵本と音楽が子どもたちに愛されるのは、何も不思議なことではありません。どちらも子どもたちに導かれて生まれたからです。


<絵本について>
 森で生まれた象のババールが、母親を撃ち殺した狩人から逃げるうちに街にたどり着き、人間の暮らしを身に付けて森に戻ると王様に選ばれ、そして結婚する…。このちょっと変わった絵本の作者ジャン・ド・ブリュノフは、プーランクと同様、1899年にパリの裕福な家庭に生まれました。画家を志してアカデミー・ド・ラ・グランド・ショミエールで美術を学び、親友の妹でピアニストのセシルと結婚、やがて男の子のロランとマテューが生まれます。
 1930年の夏の夜、セシルは子どもたちに小象の物語を作って聞かせました。その話が気に入った子どもたちは、大喜びで父親のジャンに伝え、ジャンはそれを絵本にします。あくまで家族のための絵本のつもりでしたが、出版の仕事をしていた兄と義兄に勧められ、1931年にファッション雑誌で有名なジャルダン・デ・モード社から出版。当時の絵本としては珍しい大型本が好評で、発売されるや否や飛ぶように売れたそうです。
 その後、ジャンは続編を出しますが、結核のため1937年に37歳の若さで亡くなり、続きは息子のロランに引き継がれます。ババールシリーズは、これまでに27か国語に翻訳され、167か国で1,300万部を販売。今や世界中の子どもたちに愛されています。


<音楽について>
 プーランクが『ぞうのババール』の作曲を始めたのは、絵本の誕生から約10年後のことです。第2次世界大戦に動員されていたプーランクは、休戦中の1940年の夏を、リムーザン地方のブリーヴ・ラ・ガイヤルドにある友人宅で、いとこやその家族と過ごしました。ある日プーランクがピアノを弾いていると、その音楽に退屈した4歳の女の子が、絵本『ぞうのババール』をピアノの譜面台に置いたため、プーランクはその子を喜ばせようと『ぞうのババール』の作曲を始めます。
 曲が完成したのは、それから5年後の1945年。プーランクが再びブリーヴに赴いたときに、少女へと成長した女の子に「それで、ババールは?」と聞かれたことがきっかけとなったそうです。このようにして生まれた語りとピアノのための『ぞうのババール』は、ブリーヴで時を共に過ごした子どもたちや友人たちに捧げられています。本日私たちが演奏するオーケストラ版は、プーランクから推薦を受けたジャン・フランセ(1912年~1997年)により、1962年に編曲されました。


<絵本の読者としてのプーランク>
 朗読を伴う曲と言えばプロコフィエフの『ピーターと狼』が有名ですが、プーランクの『ぞうのババール』には原作の絵本が存在するという点で大きく異なります。プーランクの『ぞうのババール』の特筆すべき点は、話の一部が省略されてはいるものの、絵にも物語にもかなり忠実であるという点です。
 プーランクは、「私の記憶はすべて視覚的記憶です」と言っており、絵画に並々ならぬ情熱を抱いていました。好きな同時代の画家を6人挙げるように言われれば、すかさず「マティス、ピカソ、ブラック、ボナール、デュフィ、パウル・クレー」と答えたそうです。1956年には、その名も『画家の仕事』という歌曲集を作っています。
 また、20世紀の偉大な文学者が集ったことで知られるアドリエンヌ・モニエの書店の常連であったことからもわかるように、プーランクは若い頃から文学、とりわけ詩に夢中でした。詩をもとに作曲された魅力的な歌曲の数々が、詩への愛を物語っています。
 絵や言葉に対して研ぎ澄まされた感性を持っていたプーランクは、良き絵本の読者であったに違いありません。だからこそ、絵本『ぞうのババール』を忠実に音楽に再現することができたのでしょう。


<ババールの目は子どもの目>
 私はこの曲を演奏することになって初めて絵本『ぞうのババール』を読みましたが、やはり文明礼賛とも読める内容にはかなりの抵抗がありました。ジャン・ド・ブリュノフの生きた時代は、フランスが帝国主義のもとに植民地政策を推し進めていた時代です。さらに、絵本が出版された1931年には、植民地帝国のプロパガンダの到達点となる国際植民地博覧会がパリのヴァンセンヌの森で開催され、800万人の観客を動員しました。植民地との関係が特別なことではなかった当時のフランスでは、『ぞうのババール』の物語も違和感なく受け入れられていたと考えられます。
 以上のような時代背景を知った上でもこの絵本を純粋に楽しむことができないのは、私が物事を批判的に見てしまう大人だからです。本稿の冒頭に掲載した絵本の表紙写真をご覧ください。ババールの目は点が2つだけ。これは、批判的なものの見方をさせないためだそうです。もしかしたらプーランクは、戦争中の不安な心を、ババールの純粋な眼差しに癒されていたのかもしれません。本日は客席の大人の皆様も、ほんのひとときだけ子どもに戻って、ババールたちと一緒に冒険の旅をお楽しみください。

初演:1946年6月14日ラジオ放送にて、ピエール・ベルナックの朗読と作曲家自身のピアノによる楽器編成:フルート2(2番はピッコロ持ち替え)、オ-ボエ2(2番はコールアングレ持ち替え)、クラリネット2(2番はバスクラリネット持ち替え)、ファゴット2(2番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン2、トランペット2、トロンボーン、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、吊りシンバル、小太鼓2(tambourおよびcaisse claire)、タンブリン、トライアングル、ムチ(fouet)、タムタム、ホイッスル、手回しクラクション(klaxon a` manivelle)、起動ク
ランク(manivelle)、ハープ、弦五部


参考文献
『フランシス・プーランク』アンリ・エル(村田健司訳)(春秋社)
『フランスの子ども絵本史』石澤小枝子、高岡厚子、竹田順子、中川亜沙美(大阪大学出版会)
『植民地共和国フランス』N. バンセル、P. ブランシャール、F. ヴェルジェス(平野千果子、菊池恵介訳)(岩波書店)
Centre national de documentation pédagogique
http://www.cndp.fr/crdp-reims/poletheatre/service_educatif/babar.pdf


~新交響楽団第223回演奏会(2013.10.6)パンフレット曲目解説

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