HOME | E-MAIL | ENGLISH

ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」

堀内俊宏(コールアングレ)


 早速ですが、問題です。「ローマの謝肉祭」というオペラは存在するでしょうか?正解は×です。残念ながらそういったオペラは存在せず、本日演奏する序曲「ローマの謝肉祭」は、イタリア、ルネッサンス期の彫刻家の波乱に富んだ自叙伝をもとにした歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」というベルリオーズ自身が書いたオペラが元になっています。このオペラは約4年の作曲期間を経て1838年にアブネックの指揮によりパリのオペラ座で初演されますが、「場内一致のエネルギーでもって無茶苦茶に野次り倒された」とベルリオーズ自身の回想録にもあるくらい、散々の評価だったようです。しかしながらリベンジとばかりに、5年後の1843年、ベルリオーズ39歳の時にこのオペラの2つのモチーフをもとに改めて作曲されたのが、この序曲「ローマの謝肉祭」です。


 この序曲はとても華やかな序奏に始まり、それに続くところが大まかに前半のゆったりした部分と後半の非常に速い部分とに分かれます。
 前半のゆったりした部分は、主人公チェッリーニとテレーザによる愛の二重唱がモチーフとなっており、この旋律がまずはコールアングレによって奏でられ、のちに弦楽器などに発展していきます。ところで、なぜこの旋律がコールアングレで始まるのか。
 これは、私にとっては積年のささやかな疑問!? であったわけですが、今回曲目解説の大役を仰せつかったのを機に、ベルリオーズ自身が書いた「管弦楽法」を調べてみたところ、次のようなことが書かれていました。


~特に速い楽節ではオーボエにも増して貧弱な効果しか得られない。オーボエに比べて鋭さがなく、くぐもった重たい音は、オーボエのような陽気な田舎風の旋律にはそぐわない。鋭い苦しみの表現はおおよそその範疇を超えており、苦悩の嘆きなどは表現できない。…哀愁が漂う、夢想的で気高い、やや霞のかかった、あたかも遠くで演奏されているかのような音である。過去の想い出や感傷の表現において、また作曲家が隠された繊細な記憶に触れたいと思う時に、これにまさる楽器はない。~


 表現できないなどと、ここまではっきり言われると若干の腹立たしさもなくはないのですが、ベルリオーズに歯向かったところで勝ち目はありませんので、ここは大人しく引き下がり、むしろこうした素敵な旋律を吹けることに喜びを感じながら演奏する次第であります。


 一方、後半の非常に速い部分はイタリアの軽快な郷土舞踊「サルタレッロ」をもとにしたもので、目まぐるしく旋律が展開して、皆様にはとてもワクワクしていただけるのではないかと思います。ちなみに、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の第4楽章もこの「サルタレッロ」が関係しています。どちらも心拍数“180”は決して下らない!? 演奏する者にとっては一瞬たりとも気の抜けないスリリングな曲であります。
 実はこの部分にはエピソードがあります。この「サルタレッロ」は、歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」初演に際して、同様のモチーフの箇所で作曲家ベルリオーズが指揮者アブネックに対して何度も「もっと速く!! 勢いをつけて!!」と注文をつけたものの、うまく演奏できなかった部分だったということ。一方、この序曲の初演の指揮者であったベルリオーズは、初演当日にたまたま国民衛兵の式典に管楽器奏者が借りだされていたために、管楽器なしでのリハーサルの後に本番を迎えなければならなかったこと。そんな中、全く知らないこの序曲を公衆の前で演奏することになりすっかり困惑していた管楽器奏者たちに対して、ベルリオーズは次のような言葉をかけています。
 「恐れることはありません。楽譜のとおりなのです。みなさんはそれぞれに才能をお持ちの方たちばかりです。できるだけ指揮棒をよく見てください。休止に気をつけて。そうすればうまくやれます」
 結果は大成功。ただ1つのミスもなく、聴衆からはアンコールのリクエスト。しかも、アンコールは更に良い演奏。当日のリハーサルの経緯も知り、違った結果を心待ちに聴いていたアブネックは、きっと落胆したに違いありません。


 また、肝心の謝肉祭(カーニバル)ですが、復活祭に向けて約40日間の断食に入る前のお祭りでありまして、元々は宗教的な意味合いに由来していたものの、ベルリオーズの回想録での描写を見ても、すでに当時においても堅苦しさとは無縁の民衆のお祭りだったようです。
 転じて、本日の打上げでは、美味しいお肉とお酒で、みんなで演奏会の成功を喜び合い、さながら「池袋の謝肉祭」ということで盛り上がりたいと思います!!
(その後の断食は?…えっ!?)


 余談ですが、ベルリオーズの「管弦楽法」では、オーケストラという章があり、時間と資金と労力が得られれば、巨大オーケストラの編成はかくあるべきだと、真面目に書かれています。


 ヴァイオリン120人、ヴィオラ40人、チェロ45人、コントラバス37人、木管楽器62人、金管楽器47人、打楽器55人、ハープ30人、ピアノ30人、オルガン1人で計467人
(実際には木管、金管、打楽器は楽器ごとに更に細かい指定があります)


 やはり天才が考えることは、凡人の理解を遥かに超えています。果たして後の作曲家たちの参考になったのでしょうか。もっともこんな編成の曲を作られたところで、なかなか演奏できませんが。


作曲:1843年
初演:1844年 パリにて
出版:1844年
楽器編成:フルート2(2番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2(2番はコールアングレ持ち替え)、クラリネット2、
ファゴット2、ホルン4、トランペット2、コルネット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、タンブリン、シンバル、弦五部


参考文献
『管弦楽法』エクトール・ベルリオーズ、リヒャルト・シュトラウス著、小鍛冶邦隆監修、広瀬大介訳(音楽之友社)
『作曲家別名曲解説ライブラリー19ベルリオーズ』(音楽之友社)
『不滅の大作曲家 ベルリオーズ』シュザンヌ・ドゥマルケ著、清水正和・中堀浩和共訳(音楽之友社)
『大作曲家とその時代シリーズ ベルリオーズとその時代』ウォルフガング・デームリング著、池上純一訳(西村書店)
『ベルリオーズ回想録』ベルリオーズ著、丹治恆次郎訳(白水社)

このぺージのトップへ