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ラヴェル:古風なメヌエット

小松 篤司(ヴァイオリン)

1ラヴェル ~生涯について~
 モーリス・ラヴェルは、1875年に、フランスの南西部はバスク地方、スペイン国境近くにある小村シブールにて、スイス系の父とスペイン・バスク地方出身の母との間に誕生した。もっとも、生誕後すぐにラヴェル一家はパリに移住したため、ラヴェル自身は生粋のフランス育ち、パリジャンであったといえよう。
 幼い頃から音楽教育を施されたラヴェルは、1889年にパリ国立音楽院のピアノ科に入学した。音楽院でピアノや和声学について学ぶ中で、ラヴェルはピアニストとしてではなく、作曲家としての道を徐々に歩み始めることとなった。
 ラヴェルは作曲活動の初期にピアノ作品を多く残しており、本日演奏するこの作品も、そのうちの一つとなる。1895年、まだ20歳の学生であったラヴェルは、当初はピアノ曲として本作品を世に送り出した。なお、これはラヴェルにとって、生涯で最初の出版作品でもあった。
 本作品以降も、ラヴェルは次々と話題作を世に送り出し、その名は広く知られるようになった。特に1920年代には、自作の指揮者、ピアノ奏者として世界各地への演奏旅行を行う等、音楽活動を幅広く精力的にこなした。一方で、1900年代前半における作曲コンクール「ローマ賞」への5度にわたる落選、1914年に勃発した第一次世界大戦におけるフランス軍への入隊及び戦場への従軍、1917年の最愛の母の死、戦争及び母の死による精神的ダメージに起因する作曲活動の不調等、ラヴェルは決して順風満帆とはいかない紆余曲折のある人生を送っていたともいえる。
 また、周期的な不眠症にも悩まされていたラヴェルであったが、1930年代中頃からのいわゆる最晩年は、脳疾患とみられる症状により、譜面はおろか文字すら書くことが困難になっていたと言われている。頭の中にあふれ出る音楽のアイデアをこの世に書きとめておくことができないまま、1937年には病状が急激に悪化し、開頭手術を受けた直後に62歳でこの世を去った。


2古風なメヌエット
 さて、作品「古風なメヌエット」であるが、「後向きの小品」と作曲家自身の言葉にもあるように、古典的かつ厳格な形式、3/4拍子の舞曲である「メヌエット」として書かれたものである。一方、「古風な(antique)」と名付けられたところに、その内容は単なる「古典的な(classique)」音楽ではないとする、作曲家の自己主張も垣間見える作品となっている。
 形式は、18世紀後半の古典派時代に定着した、メヌエット(A)―トリオ(B)―メヌエット(A)の伝統的な構成となっている。また、主調の短調(A)を同主長調(B)と対比させ、急激なアクセント付け(A)と穏やかな抒情性(B)といった対照的な雰囲気を交替させる曲想ともなっている。
 こういった厳格な古典の形式を踏襲しつつも、古典派時代にはない斬新さ、新鮮さが感じられるのは、その内容に創意工夫が散りばめられているためである。その一例を挙げよう。下記の譜例は、トリオ(B)の冒頭部分である。8小節区切りのフレーズであるが、2小節目が変形され2、3拍目が引き伸ばされたようなフレーズになっている。このことにより、旋律構造と小節線が1拍ずれて聞こえるようになる等、古典派時代の作品にはない柔軟なリズムが際立つ旋律となっている。


3ラヴェル ~編曲について~
 モーリス・ラヴェルは、俗に「管弦楽の魔術師」、「スイスの時計職人」と評されるほど、管弦楽法に秀でた技能を有していた。そして、作曲もさることながら、自身の作品を改作、編曲することも特に好んでいた。
 「亡き王女のためのパヴァーヌ」、「マ・メール・ロワ」、「高雅で感傷的なワルツ」等、ラヴェルは自身のピアノ作品を多数オーケストラに編曲している。元来は学生時代に作曲されたピアノ曲であった本作品(下記譜例参照)も、1929年、ラヴェル54歳の円熟味の増した晩年に、余暇で訪れた故郷バスク地方にて、オーケストラ曲に編曲された。
 ラヴェルによる自作の編曲の特色として、まず原曲が編曲に適していたことが挙げられる。ラヴェルはピアノ作品を作曲する際、その音色を念頭に置いた「ピアノのための音楽」にとどまらず、旋律線と構造を重視した「音楽作品」として捉えていたと言われている。そのため、編曲により原曲の魅力を損なうことなく、音色を変化させ新たな芸術作品として世に送り出すことに成功していた。
 また、ラヴェル自身が指揮者として活動していたことも、編曲された作品の完成度に大きく寄与している。作曲活動の傍ら、指揮者としてヨーロッパからアメリカ・カナダ等、各地で演奏旅行を行ったラヴェルは、演奏者への質問等の実践的な経験も活かし、そのオーケストラ技法を洗練させていったと考えられる。
 本日は、ラヴェルの生涯に思いを馳せつつ、その生涯をかけて培われた職人芸の集大成ともいえる、この魅力あふれる小作品を、お楽しみ頂ければ幸いである。


初演:原曲版:1898年4月18日パリにてリカルド・ビニェスによる
   オーケストラ編曲版:1930年1月11日パリにて自身の指揮による
楽器編成:フルート2、ピッコロ、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ハープ、弦五部
参考文献
『古風なメヌエット(スコア)』(日本楽譜出版社)
『作曲家別 名曲解説 ライブラリー⑪ ラヴェル』(音楽之友社)
『近代・現代フランス音楽入門』磯田健一郎著(音楽之友社)
『ラヴェル 生涯と作品』アービー・オレンシュタイン著、井上さつき訳(音楽之友社)
『ラヴェル その素顔と音楽論』マニュエル・ロザンタール著、伊藤制子訳(春秋社)

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