ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調
「宣戦布告」
初演された際に、同時に初演されたピアノ協奏曲第1番と七重奏曲作品20と比べてとりわけ聴衆の大
きな注目を集めたのが交響曲第1番であった。この作品の持つ響きは、現代の私たちにとっては古典的
で常識に従ったものと感じられるが、当時の聴衆や音楽関係者にとっては非常に斬新なものであった。そのため、注目を集めると同時に人々を当惑させた。
いきなり属七和音で始まる開始部は、当時の伝統的な流派を打ち破るものであり、「宣戦布告」とみなされ、奇妙だと人々には評された。
今では曲中よく使われる属七和音は当時の感覚ではひどい不協和音とされていたのだ。当時の批評の
中には「ベートーヴェンのような天才的な芸術家にはそのような自由な発想は許されてあるべきであるが、大きな演奏会で演奏されるべきものではない」「管楽器があまりにも多く用いられていて、この作品はシンフォニー(管弦楽作品)というよりはハルモニー(管楽器アンサンブル)のように聞こえる」などとするものもあった。
しかし後になると、この音楽が困惑や奇妙さを人々に与えつつも、当時の人々が慣れ親しんできた音楽に新たな衝撃を与え、「このような音楽表現は新たな芸術性があり、創意の豊かさに溢れ、和声の響きに革新を見出している」と評価されるようになっていくのである。
「苦悩」
この曲を書いたとされる1799年より少し前、ベートーヴェンはすでに耳が聞こえにくくなったと感じ始めていたが、後に難聴で音が聞こえなくなった彼が愛したのはメトロノームだった。振動という形で音を感じ取っていた彼は指揮をする場面もあったのだが、打楽器の起こす振動が他の楽器の振動を掻き消してしまうため、テンポを取ることが出来なく困っていた。そんな時、1816年にヨハン・メルツェル(1772-1838)によってメトロノームが発明されたのである。この年以降の楽曲には全てメトロノームの速さが指定されており、この速さはベートーヴェンがメトロノームからとった適切とされる速さであるが、実際には演奏不可能とされる速さのものもある。
第1楽章 Adagio molto-Allegro con brio
ハ長調 4/4拍子-2/2拍子
「アダージョの序奏+ソナタ形式による主部」という構成である。前述のように、序奏は非常に個性的な和音で始まっている。この曲はハ長調の作品なのだが、最初にヘ長調の属七和音という意外性のある響きで始まっている。最初の交響曲の最初から「新しさ」を感じさせるのはベートーヴェンらしい。
その後、ゆっくりと調性を探るような感じですすみ、次第にハ長調に入っていく。主部は活気のあるものとなっている。この主題はモーツァルトの「ジュピター」交響曲の第1楽章の主題と似ていると言われているが、「ジュピター」の威厳のある落ち着きに比べると、よりリズミカルで可愛らしい感じだ。第2主題は第1主題に基づく小結尾があり、呈示部は終わる。
展開部は、第1主題の素材に基づいて劇的に盛り上がり、再現部は全楽器で力強く始まる。呈示部の自由な再示の後、コーダがついて第1楽章が結ばれる。
第2楽章 Andante cantabile con moto
ヘ長調 3/8拍子
この楽章もソナタ形式で作られている。まず、第2ヴァイオリンによるおだやかな第1主題で始まり、その後この主題を模倣するように進んでいく。この主題はモーツァルトの交響曲第40番の第2楽章の冒頭と似ていると言われている。第2主題は途中に休符を挟みながら上下する独特な流動感を持っていたり、途中からティンパニが聞えて来るのも印象的だ。
展開部はそれほど長くなく、第2主題の展開で始まる。ここでもティンパニが効果的に使われている。しばらくして第2ヴァイオリンに第1主題が表れ再現部になる。
第3楽章 Menuetto:Allegro molto e vivace
ハ長調 3/4拍子
楽譜にはメヌエットと書いてあるのだが、ベートーヴェンが得意とするスケルツォに近い躍動的な雰囲気を持っていて革新的であり、後の交響曲に影響を与える要素となった。強弱の対比、レガートとスタッカートの対比などを効果的に使い、変化に富んでいる。最初の主題は、クレッシェンドしながら音階を上って行くような強さを感じさせるもので、この音楽的な進行は、第4楽章とも関連している。
トリオは主部と同じ調性で書かれている。木管とホルンが同音を反復するような牧歌的な雰囲気で始まり、その後主部が再現して終わる。
第4楽章 Adagio-Allegro molto e vivace
ヘ長調 2/4拍子
第1楽章同様「アダージョの序奏+ソナタ形式による主部」という構成で作られている。ベートーヴェンの他の交響曲で第4楽章に序奏がついているのはこの曲と第3番「英雄」だけだ。序奏は、ユニゾンの強い響きで始まり、その後繰り返し1つずつ登るような音階が続く。この辺を聞くと、ベートーヴェンの「ユーモア好き」がよくわかる。
この音階が完結し、テンポがアレグロになったところで爽やかに主部に流れ込んで行く。第2主題も明るく楽しげなものだ。展開部は、この2つの主題を使って時々短調に転調をしながら進んでいく。呈示部よりも少し短縮された再現部の後、再び第1主題を示し、活気のあるコーダで全曲が結ばれていく形になっている。
初演:1800年4月2日 ウィーン・ブルク劇場にて、ベートーヴェン自身の指揮により演奏
楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦五部