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J.シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲

背古 菜々美(ヴァイオリン)


「ワルツの父」と呼ばれたヨハン・シュトラウス1世の息子ヨハン・シュトラウス2世は、「ワルツ王」の名で親しまれるが、ワルツの他にオペレッタやポルカも多数手がけている。オペレッタだけでも16作品も残しているが、中でも『こうもり』は「オペレッタの最高傑作」と言われている。  オペレッタは、オッフェンバックの『天国と地獄』を代表とする歌劇の形式で、19世紀中頃のパリで発祥し、のちにウィーンに伝わった。コメディの要素が強く、「喜歌劇」「軽歌劇」「小歌劇」等と訳される。軽妙な筋書と歌による、庶民の娯楽的作品で、オペラに比べると軽視される傾向があり、一流の歌劇場では上演されないことも多い。格式を重んじるウィーン国立歌劇場でも、かつてはオペレッタを上演しなかったのだが、(ヨハン・シュトラウス2世作曲のオペレッタ「騎士パズマン」を「オペラ」という名目で初演するという前例はあった)、『こうもり』だけは別格扱いであった。  現在でも『こうもり』はウィーン国立歌劇場の大晦日の定番として上演されている。

喜歌劇「こうもり」のあらすじ
 『こうもり』という題名の由来だが、動物のこうもりとはさほど関係がなく、後述のとおり、ファルケ博士の仮装の姿を指している。このオペレッタはいわゆる「ドッキリカメラ」のような内容で、ターゲットは、新興成金の銀行家アイゼンシュタイン氏。実は、それ以外の出演者は全員仕掛け人なのだ。このドッキリの発案者はファルケ博士。彼のこの言葉からオペレッタは幕を開ける。
 「今夜はこうもりの復讐をお見せしましょう。」

第1幕 アイゼンシュタイン家の居間
 時は1874年の大晦日、舞台はオーストリアの温泉地イシュル。以前に、ある仮装舞踏会にアイゼンシュタインとその友人ファルケ博士は連れ立って出かけたが、その帰りに、アイゼンシュタインは泥酔したファルケ博士を「こうもり姿」の仮装のまま道ばたに置き去りにした。その姿を子供たちが見て、「こうもり博士」というあだ名をつけられてしまった。その恨みをいつか
は晴らしてやりたいと、ファルケ博士はずっと考えていたのだ。
 大晦日のこの日、アイゼンシュタインは公務員を侮辱した罪で、短期間だが刑務所に入ることが決まっていたのだが、ファルケ博士は、楽しいパーティがあるから刑務所に入る前にこっそり行こうと誘う。もちろん博士の復讐はもう始まっている。喜んだアイゼンシュタインがパーティに出かけた後、家に残されたアイゼンシュタインの妻ロザリンデのところに、元恋人のアルフレートがやって来る。アルフレートはまるで本当の夫のように振る舞う。2人が恋を楽しもうとしていると、ちょうどそこに刑務所長フランクがアイゼンシュタインを迎えに来た。アルフレートは今さら夫でないとは言えずに刑務所に連行されてしまう。

第2幕 オルロフスキー公爵の別荘
 その晩、ロシアの大貴族オルロフスキー公爵のパーティにアイゼンシュタインが来てみると、そこではみんなが新しい恋に夢中。なぜか自分の家の女中アデーレに似た女性を見かけ、おかしいとは思いつつもそのことは置いておくが、この女性はアデーレ本人。そして仮面を付けた美しいハンガリーの貴婦人を見つけ、夢中になって口説こうとする。実はこの貴婦人の正体は彼の妻ロザリンデ。すべてはファルケ博士の仕組んだワナだったのだ。ロザリンデは情けない夫に口説かれるふりをしながら、証拠をつかもうとアイゼンシュタインの懐中時計を奪う。

第3幕 刑務所長の部屋
 元日の早朝。酔いも残るアイゼンシュタインが急いで刑務所に出頭してみると、すでにアイゼンシュタインは逮捕されたとのこと。真相を確かめるためアイゼンシュタインは弁護士に変装して様子を伺っていると、そこにロザリンデがやって来て、アルフレートを牢から出してほしいとアイゼンシュタイン扮する弁護士に相談を始める。怒ったアイゼンシュタインは正体を明かし、妻を責め立てる。しかしロザリンデの手には動かぬ証拠が。昨夜奪った彼の懐中時計である。何が何だかわからず頭を抱えるアイゼンシュタイン。そこへファルケ博士がパーティの参加者とともに現れて種明かし。
 「これが私の仕組んだこうもりの復讐だ。」とファルケ博士。そしてロザリンデの「全てはシャンパンの泡のせいね。」という言葉で幕は閉じる。

序曲について
 序曲とは歌劇の始めに演奏される部分で、本編の中身の予告という役割もあり、劇中のハイライトとして、各場面のメロディが多数使われる。
 冒頭の飛び跳ねるようなフレーズ(譜例1)が、これから始まる笑いの復讐劇を予感させる。オーボエのやわらかなメロディがそれに続く(譜例2)。このメロディは第3幕の終盤の三重唱で、アイゼンシュタインが歌うものと同じなのだが、劇中ではアルフレートとロザリンデの前でアイゼンシュタインが弁護士の変装を解き、2人に対し「そうだ、お前たちに欺かれた男だ!」と叫ぶ場面なので、序曲のオーボエの雰囲気とはだいぶ異なる。しばらくすると鐘が6つ鳴る(譜例3)が、これは第2幕のフィナーレで時計が6時を知らせる部分と同じである。
第2幕終盤の舞踏会の有名なワルツ(譜例4)、ロザンリンデが第1幕の三重唱で歌う「私ひとりで8日間あなたなしに暮らさねばならないのね」という哀歌(譜例5)など劇中の旋律が次々に現われる。最後は今までに出てきたメロディが再現され、華やかで浮き浮きとした雰囲気の中で曲は閉じられる。賑やかかつ美しい曲で、管弦楽曲として独立して演奏されることも多い
曲である。

初  演: 1874年4月5日、作曲者自身の指揮によりウィーン、アン・デア・ウィーン劇場にて

楽器編成: フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、シンバル付き大太鼓、小太鼓、鐘、トライアングル、弦五部

参考文献
Stanly Sadie(中矢一義、土田英三郎 訳)『新グローヴオペラ辞典』白水社 2006年
喜歌劇≪こうもり≫ 3幕のオペレッタ
 演奏:バイエルン国立歌劇場合唱団、バイエルン国立管弦楽団
 指揮:カルロス・クライバー
 録音:1975年10月 ミュンヘン(CD解説)

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