リスト:交響詩「レ・プレリュード」
小畑 聡美(ヴィオラ)
「─われわれの人生とは、その厳粛な第1音が死によって奏でられる未知の歌への前奏曲にほかならないのではないか?」
フランツ・リストは19世紀最高のピアニストとして名高い。人間離れした大きな手をもち、ダイナミックな演奏と巧みな技術で聴衆の心をつかむ彼の演奏会にはいつもあふれるほど人が押し寄せ、アイドル的な存在だった。その一方で、リストは作曲家としても大きな功績を残している。
『レ・プレリュード』は、リストが作曲した13曲の交響詩のなかで最も演奏される機会の多いものである。『レ・プレリュード』は日本では『前奏曲』と訳されることが多いが、フランス語の原題は『LesPréludes』であり、複数形(単数ならLe Prélude)。この理由は、冒頭に掲げた標題の一部のように、リストは「人生=死後に対する前奏曲」と捉え、数多の人生をあらわしているからである。
「交響詩」という形式は音楽史上リストが初めて提唱したものである。それまでの「交響曲」に対し、管弦楽曲にそれに対応する詩を結びつけ、詩の形式と音楽の形式を融合させることで、作曲家の想念が聴き手により正確に伝わるようになるとリストは考えた。リストが創始した交響詩は、その後もリヒャルト・シュトラウスをはじめとする多くの作曲家によってさまざまな作品が花開くジャンルとなった。
作曲の経緯はすこし複雑である。もともとは交響詩としてではなく、フランスの詩人ジョゼフ・オートランの詩に基づく男声合唱曲『四大元素』の序曲として作曲された。『四大元素』は「北風」、「大地」、「波」、「星々」の四部からなる合唱曲で、すでに『レ・プレリュード』に用いられる様々なモチーフを含み、それらには歌詞がついていた。たとえば、『レ・プレリュード』の冒頭に登場し、最も重要な主題は『四大元素』の「星々」にもみられ“hommesépars sur ce globe qui roule(この回転する地球上に散らばっている人間たち)”という歌詞が対応している。
ところが、リストは何らかの理由でこの序曲を『レ・プレリュード』という独立した交響詩として発表した。標題もオートランの詩からではなく、アルフォンス・ド・ラマルティーヌというオートランの師にあたる別の詩人の同名の詩『Les Préludes』から着想を得て、自身で新しく書き直したと言われている。
『レ・プレリュード』はリスト自身の記した標題に基づき、「緩・急・緩・急」と続く4部からなる。以下のそれぞれの部の冒頭に、標題の対応する部分を示す。
第1部 人生のはじまり─愛
「─われわれの人生とは、その厳粛な第1音が死によって奏でられる未知の歌への前奏曲にほかならないのではないか? 愛はあらゆる存在の夜明けの光である」
弦楽器の疑問符のようなピチカートに続き、最も重要な主題(譜例1)が弦楽器のユニゾンで示される。この主題は全曲を通してさまざまなかたちに変奏されていく。初めは生まれたてのように少し不安げに聞こえるが、だんだんと跳躍の幅を広げて緊張を増していき、頂点で12/8拍子に移行して低音楽器群の朗々とした歌へと引き継がれる。
そののち、冒頭の主題が穏やかなかたちに変形されてチェロ、ホルンに現れ(譜例2)、人生のはじまりの暖かい時期を示すようである。続いてヴィオラとホルンが奏でる愛のテーマもやはり冒頭の主題の変形である。これは『四大元素』の「大地」でも歌われる。
第2部 嵐
「─しかしどんな運命においても、嵐によって、幸せな幻影はそのひと吹きで吹き飛ばされ、祭壇は雷でこわされてしまう」
チェロによって弱音で冒頭の主題が奏でられるが、ここでは嵐を予感させる仄暗い色である。弦楽器のトレモロや半音階での昇降、減七の和音が嵐への緊張感を高める。
嵐がはじまるとトロンボーンが大きな風圧をもって冒頭の主題を鳴らし、たたきつける雨粒や雷のような鋭い音型も各楽器に現れる。そして、ホルン、トランペットがファンファーレのような音型を奏し、嵐の激しさは頂点に達する。
第3部 田園
「─嵐によって深く傷つけられた魂は、田園の静かな生活の中で過ぎ去った嵐の記憶を慰めようとする」
嵐が収まり、穏やかにオーボエとヴァイオリンがテーマを再現する。そして6/8拍子となりホルンから木管楽器群へと素朴な旋律があらわれ、愛のテーマも再び登場してともにうたい、のどかな田園風の音楽となる。
第4部 戦い
「─しかし人は自然の懐に抱かれる静けさにいつまでも浸っていることに耐えられず、“トランペットの警笛”が鳴れば危険な戦いの地へと赴き、自己の意識と力を取り戻す」
第3部の田園風の穏やかな気分は徐々に高揚していき、まさにトランペットによるファンファーレが現れるのをきっかけに音楽は前進する勢いをもって、2/2拍子の行進曲へ移行する。テーマがいずれも行進曲風のリズムに変形されて登場し、第1部の12/8拍子が再現されてクライマックスを迎える。
リストは、1855年に発表した「ベルリオーズと彼のハロルド交響曲」という論文の中で次のように述べている。「芸術における形式とは精神的内容の器、想念をおおうもの、魂にとっての肉体なのだから、形式はきわめて繊細に、内容とぴったり合っていなければならない」 交響詩『レ・プレリュード』はこのようなリストの理想をまさに具現化したもので、標題と密接に結びついた見事な変奏は、次々とあざやかな景色を描くのにとどまらず、リストの精神的な理想をも反映した壮大な作品である。
初 演:1854年2月23日、ワイマール、リスト指揮
楽器編成: フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、小太鼓、大太鼓、シンバル、ハープ、弦五部
参考文献:渡邊學而『リストからの招待状 大作曲家の知られざる横顔Ⅱ』
丸善ライブラリー 1992年
福田弥『作曲家 人と作品 リスト』音楽之友社 2005年
Rena Charnin Mueller, EMB Study Scores Les Préludes,Editio Musica Budapest 1996