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モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲

小渕 祐之介(ヴァイオリン)

 今回初めにお送りするのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-91)が最後の年に作曲した歌劇「魔笛」より、序曲である。この高潔さと卑俗さのまじりあった奇妙な作品は、実は都市伝説で何かと騒がれる秘密結社「フリーメイソン」と強い関係がある。ここでは、フリーメイソンや時代背景との関係を紐解きながら「魔笛」を解説していく。本日の演奏とともに美しい旋律の中に隠された秘密についても楽しんでいただきたい。

「モーツァルトと18世紀オペラ」
 18世紀ヨーロッパは啓蒙主義の時代。従来の権威や伝統が批判され、「理性」を基にした新しい秩序を打ち立てることが主張された。音楽史では「古典派」と呼ばれる時代とほぼ重なる。この社会の変動はオペラに対しても影響を与え、劇の展開が錯綜した従来の在り方に批判が起き、ピエトロ・メタスタージオ(1698-1782)がイタリア語オペラの台本の改革を行った。メタスタージオは劇の進行に一貫性を持たせるために、喜劇的な内容をオペラから除外した。この台本によるオペラはオペラ・セリアと呼ばれる。一方で喜劇的な内容のオペラはインテルメッゾやオペラ・ブッファで扱われるようになった。
 18世紀後半に入ると、モーツァルトが台本改革の発展を受け、オペラ・セリアの新たな世界を築き上げた。また、1781年にウィーンに定住したモーツァルトは、ドイツ語オペラのジングシュピール(魔笛はこの分野に入る)やオペラ・ブッファに取り組み、当時の3つのオペラのジャンルで名を残したのである。

「フリーメイソンと魔笛」
 18世紀ヨーロッパでは、啓蒙主義の拡大とともにフリーメイソンの活動が活発化していた。フリーメイソンとは、啓蒙思想における「自由」、「平等」、「友愛」の精神を基に活動していた18世紀に生まれた秘密結社で、当時のウィーンの文化人の多くがフリーメイソンの会員だったといわれている。モーツァルトは1784年にフリーメイソン分団に入会し、「フリーメイソンのための葬送音楽」や歌劇をはじめとした作品を提供している。
 同様にフリーメイソン会員だった、ウィーンの中規模市民向け劇場の座長、エマヌエル・シカネーダー(1751-1812)の依頼でモーツァルトは、1791年に「魔笛」の作曲を始めた。シカネーダー台本による「魔笛」は、パントマイムする動物たち、おどけた鳥人間、空中船に乗る童子などが登場する民衆劇の寓話的な世界に啓蒙主義やフリーメイソン的な儀式なども組み込まれており、実に雑多な要素を包含している。次の章では魔笛のあらすじについて解説する。

「魔笛のあらすじ」
 第1幕は、大蛇に襲われた王子タミーノが3人の女に救われるところから始まる。3人の女が仕える<夜の女王>はザラストロにさらわれた女王の娘パミーナを助けるようタミーノに依頼する。パミーナの肖像画を見たタミーノは彼女に一目惚れし、喜んで依頼を受ける。そして魔法の笛を持って、鳥刺し男パパゲーノとともにザラストロの神殿へと向かった。3人の子供に導かれて神殿の門までたどり着いたタミーノは、神官との問答をするうちにザラストロが悪人かどうかわからなくなる。一方、パミーナはザラストロの部下モノスタトスに追い詰められていたが、タミーノとはぐれたパパゲーノに助け出される。その後、再び捕らえられた先で、パミーナとタミーノは出会い、互いに惹かれ合う。
 第2幕では、ザラストロの命により、本当の愛を見つけるために試練を与えられることになる。タミーノとパパゲーノは数々の試練を乗り越えていくが、試練のために口をきいてくれないタミーノに愛が失われたと感じたパミーナは、絶望して自殺しようとしてしまう。しかし、3人の子供が現れて救われ、パミーナはタミーノの愛を知る。互いの愛を知ったタミーノとパミーナは2人でさらなる試練に立ち向かい、打ち勝つ。一方パパゲーノも夢がやっと叶う。理想の女性パパゲーナと結ばれ、たくさんの子供たちが生まれる。みんなの幸せが面白くない夜の女王はザラストロを襲うが、あえなく失敗し滅ぼされてしまう。ザラストロの世界の勝利で歓喜のうちに幕となる。
 以上が魔笛のあらすじである。この物語とフリーメイソンの関係についても様々な指摘がなされている。その中でも、夜の女王、ザラストロ、王子タミーノに関するものが有名である。夜の女王はフリーメイソンを厳しく取り締まったハプスブルク家の女帝マリア・テレジア、ザラストロはフリーメイソンのメンバーをモデルにしていると考えられている。また、第2幕でタミーノが受けた試練は、フリーメイソンの入会儀礼がモデルになっているといわれている。

「序曲 ~秘められた“3”~」
 今回の演奏会では、魔笛の中でも序曲のみを演奏する。この序曲はしばしば単独で演奏されるほど有
名である。さて、フリーメイソンと魔笛が強い関係を持っていることは前述したが、序曲にも様々な形でそれを暗示するものが潜んでいる。フリーメイソンの理念は、「自由」、「平等」、「友愛」の3つであることに加え、位階が3つ、入信式で戸を3回たたくなど、3という数字と特別な関係を持っている。ここで魔笛の序曲も見てみると、まず主調が変ホ長調というフラット記号(♭)が3つの調であり、序曲冒頭のAdagio部分で和音が3回鳴り響く(譜例1)。また、序曲の中間部でも、短・長・長で成る3つの同一和音の組み合わせが、全管楽器によって3回繰り返される(譜例2)。
 いずれの場合も、魔笛にとって重要な楽器であるフルート、オーボエの音が、この3回の和音の間で3度ずつ上昇していく。このように序曲は3と関係があり、実は序曲に限らず、オペラ全体が3と関係するように様々な工夫がなされている。是非、譜面に散りばめられたこの“3”という数字について注目しながら演奏を楽しんでいただきたい。

初演:
1791年9月30日、ウィーン近郊(現市内)のアウフ・デア・ヴィーデン劇場にて。

楽器編成:
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部

参考文献:
長野順子『魔笛 <夜の女王>の謎』ありな書房 2007年
アッティラ・チャンパイ、ディートマル・ホラント編『モーツァルト 魔笛』音楽之友社 1987年
坂口昌明『≪魔笛≫の神話学 われらの隣人、モーツァルト』ぷねうま舎 2013年
西村理/渡辺崇聖/沼口隆/広瀬大介/宮西桐子/向井大策『CD付き もう一度学びたいオペラ』西村理監修,西東社 2008年

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