ブラームス:大学祝典序曲
■ブラームスの生きた時代
ブラームスが活躍したのは日本の明治時代。木戸孝允(1833-1877)、坂本龍馬(1836-1867)、大隈重信(1838-1922)、渋沢栄一(1840-1931)、伊藤博文(1841-1909)等が同世代です。明治維新で改革が進み、鉄道や洋装・洋食など多くの文化が普及し、教育制度も整えられました。
本日2曲目に演奏する「ハイドンの主題による変奏曲」をブラームスが作曲した1873年には、岩倉使節団がドイツ帝国首相ビスマルクに謁見しています。当時のドイツは、戦前の日本の模範として大きな影響を及ぼしています。
年 | ブラームスの略歴 | 日本の出来事 |
1833 | 5月7日ハンブルク(ドイツ)で誕生 | 天保3年(江戸時代)徳川家斉将軍在任 |
1873 | ハイドンの主題による変奏曲作曲 | 明治6年 徴兵令発布 |
1876 | 交響曲第1番 作曲 | 明治9年 日朝修好条規(江華条約)締結 |
1877 | 交響曲第2番 作曲 | 明治10年 西南戦争 |
1880 | 大学祝典序曲 作曲 | 明治13年 「君が代」初演 |
1883 | 交響曲第3番 作曲 | 明治16年陸軍大学校開設 |
1885 | 交響曲第4番 作曲 | 明治18年 内閣制度発足 |
1897 | 4月3日 ウィーン(オーストリア)で逝去 | 明治30年 貨幣法制定 |
■「大学祝典序曲」作曲の経緯
ブラームスは1876年にケンブリッジ大学から名誉音楽博士号贈呈の通知を受けますが、イギリスでの贈呈式に出るための「船嫌い、英語苦手」と辞退します(筆者はこのエピソードを知ってブラームスに親近感を覚えました)。しかし、3年後の1879年、ドイツのブレスラウ大学(現ポーランドのヴロツワフ大学)からの名誉博士号授与には快く応じました。その返礼として作曲された作品が「大学祝典序曲」です。授与の翌年1880年5月に着手し、同9月には完成と短期間に書き上げられました。ブラームス独自の主題を軸に、ドイツの学生歌が4曲巧みに引用されています。
主題
学生たちが遠くで行進するような主題(譜例1)から始まります。
この主題は冒頭ではハ短調でひそやかに奏でられますが、場面が変わるとハ長調で力強く奏でられたり、柔らかく滑らかに奏でられたり、その後も学生歌を繋ぐ役割として様々な形で登場するため、ご注目ください。
学生歌1
最初に登場する歌は「我らは立派な学び舎を建てた"Wir hatten gebauet ein stattliches Haus"」
トランペットを中心に輝かしく高らかに響きます(譜例2)。ホルン・トロンボーン・テューバも加わり金管楽器が主体の場面です。原曲の旋律はミクロネシア(旧ドイツ領)の国歌にもなっています。
学生歌2
次に登場する歌は「祖国の父"Landesvater"」
第2ヴァイオリンが流れるような旋律を奏でます(譜例3)。第1ヴァイオリンの対旋律、チェロの分散和音、コントラバスの旋律的なベースの動きなど、弦楽器が主体です。その後、フルート&オーボエ→クラリネット&ファゴットへと受け継がれ木管楽器の音色の違いも楽しめます。
曲の後半にも、再び第2ヴァイオリンを中心に登場します。ご注目ください。
学生歌3
3番目に登場する歌は「あそこの山から来るのは何?"Was kommt dort von der Höh’ "」
ファゴットが個性的で軽快な旋律で駆け抜け(譜例4)、次第に大勢で盛り上がる場面になります。終盤では管楽器が旋律、弦楽器が裏打ちとなり力強く再登場し、フィナーレへと突入します。
学生歌4
フィナーレに登場する歌が「大いに楽しもう"Gaudeamus igitur"」
管楽器が堂々と歌ったあと(譜例5)弦楽器も続き、全ての打楽器が鳴り響く中、壮大なハ長調の和音で締めくくられます。
原題のラテン語で動画サイトを検索すると、欧州を中心に現在でも愛されていることが分かります。カタカナで「ガウデアムス」でも視聴できますので原曲も終演後にお楽しみください。
余談ですが、筆者が「大学祝典序曲」と出会ったのは高校1年生の5月。管弦楽部に入部し最初に配られた楽譜でした。筆者は高校からホルンを始めたため、この曲はホルンで初めて演奏した記念すべき曲でもあり、また演奏できることを大変嬉しく思っています。大学への憧れがあった当時の気持ちを思い出しながら演奏します。
初演:1881年1月4日 ブラームス指揮
ブレスラウ管弦楽協会第6回予約演奏会
ブレスラウのコンツェルトハウスにて
楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、弦五部
参考文献:
西原稔『作曲家◎人と作品シリーズ ブラームス』 音楽之友社 2006年
池辺晋一郎『ブラームスの音符たち 池辺晋一郎の「新ブラームス考」』 音楽之友社 2005年
今村央子『ブラームス ハイドンの主題による変奏曲・大学祝典序曲・悲劇的序曲』ミニチュアスコア解説 音楽之友社 2016年