ビゼー:「アルルの女」第1組曲・第2組曲より
パリから高速鉄道で南に約4時間。乾いた大地に照り付ける強烈な日差し、突如現れる巨大な円形闘技場。アルルに到着した者は異国に迷い込んだような錯覚に陥ります。ゴッホゆかりの地として有名ですが、私も古代ローマ時代から時が止まったかようなこの街に魅了され、度々訪れることとなった旅人のひとりです。本日お聴きいただくのは、そんな魅惑の街アルルの女への恋心から自らの命を落とす男の話です。
~あらすじ~
南仏カストゥレの農家の長男フレデリは、アルルで出会った美しい女のことが忘れられないが、馬の番人の情婦であると聞き、幼馴染ヴィヴェットとの結婚を決意。しかし婚約の日、馬の番人がアルルの女をさらう計画を耳にし、翌朝、窓から飛び降り命を絶つ。
組曲の成り立ちと構成
1872年、パリ。ヴォードヴィル座の芸術監督に就任したレオン・カルヴァロ(1825-97)は、作家アルフォンス・ドーデ(1840-97)の短編集『風車小屋だより』から『アルルの女』を戯曲として上演することを計画し、付随音楽をジョルジュ・ビゼー(1838-75) に依頼。完成した小編成の全27曲は、親しみやすい前奏曲と間奏曲、そして台詞にぴったりのBGMから成り、当時まだ誕生していないはずの映画音楽を思わせます。劇の上演は失敗に終わったものの、フル・オーケストラ用に編曲した組曲(第1組曲)が好評を博し、ビゼー没後には親友エルネスト・ギロー(1837-92)の編曲により別の組曲(第2組曲)が誕生。本日は、それぞれ4曲から成るふたつの組曲から6曲を演奏します。
1. Prélude(第1組曲第1曲)
劇音楽全体の前奏曲。南仏プロヴァンス民謡「王の行進」から始まり、中間部でサクソフォンが無垢な弟の動機を奏でる。
2. Pastorale(第2組曲第1曲)
第2幕第1場の間奏曲と合唱を基に編曲された。南仏の田園風景が目に浮かぶ。
3. Intermezzo(第2組曲第2曲)
第2幕第2場の間奏曲に基づく。第2場ではフレデリがヴィヴェットの愛を受け入れるまでが描かれる。
4. Menuetto(第2組曲第3曲)
原曲には存在せず、オペラ『美しきパースの娘』から転用された。フルート独奏曲として有名。
5. Adagietto(第1組曲第3曲)
第3幕第1場。農家に仕える羊飼いのバルタザールと、ヴィヴェットの祖母ルノーが再会し、若き日の恋の思い出を語り合い抱擁する。
6. Farandole(第2組曲第4曲)
第3幕第1場の終盤。婚約の日、翌朝の悲劇を暗示するかのように、聖エロアの日を祝うファランドール(南仏プロヴァンス地方の踊り)を夢中で踊るフレデリ。プロヴァンス太鼓のリズムに乗り、民謡「馬のダンス」と「王の行進」が交互に奏でられ、最後には一体となる。
なお、この作品にはアルルの女は一度も登場しませんが、作曲家が同時期に息を吹き込んでいたもう一人の宿命の女、カルメンとして後にその姿を現したように思えてなりません。ビゼーはオペラ『カルメン』初演の約3ヵ月後、36歳の若さで亡くなりました。
南仏への憧れ
この作品の創造の源となったのは南仏への憧れではないでしょうか。南仏はドーデの生まれ故郷であり、ビゼーにとってはローマ留学時代の思い出の旅先でした。遠く懐かしい場所だからこそ、より鮮明に描くことができたのかもしれません。異国を旅することが叶わない昨今ですが、近い将来、彼の地を再訪することを夢見て演奏したいと思います。
初演 :第1組曲1872年11月10日、第2組曲1880年3月21日 ジュール・パドゥルー指揮 コンセール・ポピュレール
楽器編成:フルート2(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2(コールアングレ持ち替え)、クラリネット2、アルト・サクソフォン、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、コルネット2、トロンボーン3、ティンパニ、プロヴァンス太鼓、シンバル、大太鼓、小太鼓、ハープ、弦5部
参考文献:
ドーデ―(桜田佐訳)『風車小屋だより』岩波文庫1932年
ドーデ―(桜田佐訳)『アルルの女』岩波文庫1941年
遠山菜穂美『アルルの女』組曲 第1番・第2番
(スコア解説)全音楽譜出版社2017年
ミシェル・カルドース著、平島正郎、井上さつき訳
『ビゼー:「カルメン」とその時代∼』音楽之友社1989年