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バーバー:管弦楽のためのエッセイ 第2番

兼子 尚美(フルート)

 「アメリカ」が、今日の演奏会の曲目をつなぐ縦糸となる。アメリカと一口に言っても、それぞれの持つイメージは様々だろう。ニューヨークの喧騒、あか抜けた街並み、広大な景色、牧歌的な風景。本日の演奏会でも、様々な曲想でこの国の多様な姿が表現されるだろう。
 1曲目のバーバーは、激しさを内包しつつ古き良き時代のアメリカが伝わってくるような作品である。


■心に染みるバーバーの旋律
 J.Fケネディ大統領の葬儀、9.11同時多発テロ犠牲者の慰霊式典、日本では、昭和天皇崩御追悼演奏会、映画では、「プラトーン」「エレファントマン」などでも、その切なく美しい旋律が人々の心に響いた。「弦楽のためのアダージョ」である。
 この愁いに満ちた旋律を紡ぎだしたサミュエル・バーバーは、1910年にペンシルベニアで、医師である父とピアニストの母の間に生まれた。
 6歳から音楽を学び、7歳のときに作曲を始めた彼は10歳で最初のオペレッタを作曲。14歳でフィラデルフィアのカーティス音楽院の最優秀クラスに入学した。そこでは作曲・ピアノ・声楽についても腕を磨き、指揮はフリッツ・ライナーに師事。絵に描いたような神童だ。
1935年にローマのアメリカン・アカデミーに留学し、翌年、弦楽四重奏曲第1番ロ短調(作品11)を作曲する。その直後、創設間もないNBC交響楽団との共演のためトスカニーニに新曲を委嘱され、その緩徐楽章を弦楽オーケストラ用に編曲した。「弦楽のためのアダージョ」の誕生だ。1938年に初演されて以来、その評価は今も続いている。
 彼の作風は、伝統的であり豊かな旋律に特徴がある。それは、同時代にパリへ留学したアメリカの作曲家たちの革新性とは一線を画すものであった。


■伝統的な抒情性に加わる新しい試み
 3曲ある「管弦楽のためのエッセイ」は、40年にもわたって作曲された。いずれも文学にも造詣の深かった彼が提示した「文学形式の音楽」とも言える。
 今回演奏する第2番は、ブルーノ・ワルターがニューヨーク・フィルハーモニック創立100周年を記念して委嘱し、1942年に作曲された。特に第2番は、「単楽章による交響曲」と評されるほど濃密な内容を持つ。また抒情的な旋律、荘厳な音色、伝統的な和声といったそれまでの特徴に加え、五音音階(ペンタトニック)による主題の構成や、第4音・第5音の強調という、彼にとっては新しい試みを加えている。初演直後、有力紙の批評家は、「『管弦楽のためのエッセイ第2番』がこの作曲家の作品の中で最高のものだ、コープランドなどの曲が刺激になったのだろう」と述べている。  
 演奏をしていると、この新しさが作品に緊張感と同時に奥深い陰影を与えていると感じる。時に激しい展開は第二次大戦中の世相が影響しているのかもしれない。


■10分に凝縮された濃密さ、緊密性
 この曲の醍醐味は、何といっても主題の展開の妙と複数の主題の緊密な絡み方、旋律の美しさにある。
 フルートソロで始まる、五音音階に基づく第1主題は深い淵のようなテューバと大太鼓を背景にしつつ、バスクラリネットに受け継がれ、展開しながら木管楽器に引き継がれる。ティンパニがリズミカルなモチーフを加え、第2主題が展開される。クラリネットとファゴットが冒頭の主題を基に、3連符のリズムで軽快なフガートを奏で、緊張感の高まりとともに第2主題が響きを重ねる。讃美歌のような第3主題は、弦楽器によって静かに開始される。その後トランペットとホルンが第1主題を朗々と吹き、祈りのような第3主題は最後に勝利の宣言のような壮大さで締めくくられる。本日、あっという間に通り過ぎる旋律をお聞き逃しなく。


■後半生の苦悩とその後
 1958年には歌劇「ヴァネッサ」によりピュリツァー賞音楽部門賞を得るなどして、順風満帆にみえたバーバーの人生だが、1960年代には「新ロマン主義」に分類された彼の音楽的アイデンティティと、成功の基盤であった感情表現豊かな「調性的」音楽は時代遅れとみなされるようになった。後半生の作品は批評家からは軽視され、彼は深刻なうつ状態に陥ってしまう。
 1981年ニューヨークの自宅で失意のうちに死去。だがその後しばらくして、それまで軽視されていた作品群も再評価され改めて演奏されるようになった。20世紀の音楽をめぐる流行や思潮に翻弄され続けたとも言えるだろう。現在、サミュエル・バーバーはアメリカでもっとも愛されている作曲家の一人となっている。


初演:1942年4月16日 ブルーノ・ワルター指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック カーネギーホールにて


楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓(響き線なし)、シンバル、タムタム、弦五部


参考文献・資料:
アラン・ブラックウッド著/別宮貞徳 監訳『世界音楽文化図鑑』東洋書林 2001年
堀内久美雄編『新訂 標準音楽辞典』音楽之友社 1966年
「WALTER SIMMONS」(参照:2022年5月21日)https://waltersimmons.com/writings/704
「Wise Music Classical」(参照:2022年5月21日)
https://www.wisemusicclassical.com/composer/72/Samuel-Barber/

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