坂入健司郎先生インタビュー
今回、初めて指揮をお願いする坂入健司郎先生にZoomでインタビューをしました。運営委員長の大原久子とプログラム担当メンバー3名、安藤彰朗、兼子尚美、林真央で、指揮者になるきっかけ、演奏曲目への思い、ご趣味の話など、多岐にわたってお話を伺いました。思わず身を乗り出したり、笑いに包まれたりと和やかなインタビューとなりました。
■どうして指揮者になりたいと思われたのですか?
坂入:幼稚園生の時からなりたいと思っていました。両親は特にクラシックが好きというわけではなかったのですが、クラシックのCDが発売されるCMを見て、あれが欲しいと買ってもらい、熱心に聴きました。ちょうどその頃、お誕生日に、両親や親戚の人からCDを頂いたのですが、それが「新世界より」でした。最初は、同じ曲がかぶったことにがっかりしたのですが、聴き比べて面白いと思ったのです。
― 坂入先生は楽器も演奏なさいますが、自分で音を出したいというよりも、オケ全体を引っ張りたいと思われたのでしょうか。
坂入:最初に聴くことから入ったので、楽器を練習するのがとてもつらかったんですね(笑)。いい演奏が頭で鳴っていると、なんでこんなにできないのか、と自分自身に幻滅をするよりも、こういうバランスで、こういう構成でと、準備したうえでオケの指揮をする方が性に合っていると思ったんですね。今も、スコアを読みながらピアノは弾きますし、またチェロもオーケストラで弾くのは好きなのですが、会話を楽しむために練習をしている感じです。出したい音を目指して個人練習をしているとベルリン・フィルやウィーン・フィルの音に比べると切なくなる。でも指揮に関しては、そういうオケを聴いても、さらにこう工夫できるのでは?と想像がかき立てられるので、性に合っていると思います。
― 今でもチェロを弾かれていますか?
坂入:はい、今は指揮が多くなってしまいましたが、弾くこともあります。
■オケの演奏経験があることは指揮に生きますか?
坂入:とても大切なポイントですね。指揮者は1人で100人に対するので、結構怖い仕事だと言われます。しかし、自身がチェロを弾いた体験で、指揮者側がオケを信頼することが、本当に大切だということを実感しました。オケで弾いていると、指揮者があきらめた瞬間ってわかりますよね。このオケだとこのくらいかなと。そういうことは一切したくないと、指揮を始めてからずっと変わらず思っています。リミットを設定しない、このメンバーだからこそ、もっと上を行けるという姿勢を崩さず貫きたいというのはオケの中にいて気づいたことです。
― プレーヤー目線ですね。素晴らしいと感じます。先生のような指揮者とご一緒できて嬉しいです。先日の初回練習では、指揮がエネルギッシュで、演奏していても気持ち良かったです。
坂入:以前に比べると、指揮の動きはコンパクトになりました。きちんと準備しているオケであればあるほど、指揮者はそれほど動かなくてよいのですね。だからこそ、欲しい時にはしっかりと引っ張るようにもなりました。
■会社での仕事と大学時代の研究は?
坂入:ぴあ株式会社では、WEBマーケティングを行いました。購入者、メールマガジンの登録者にメールを送ることや、システム系だったり、効果測定だったり、チケットを買った人が次に何を買うかという効果分析もしていました。慶應義塾大学の経済学部では、文化経済学という分野が専門で、マクロ経済の応用を学びました。論文を書くため、ラフォルジュルネや金沢の21世紀美術館の収支を見て研究をしたこともありました。
― 音楽、指揮につながるものばかりですね。
坂入:はい、その頃もずっと指揮者になりたかったので。ぴあ株式会社で、WEBマーケティングの後は、チケット営業をしたのですが、あえてクラシックでないものを扱いました。ライブハウスとか韓流とか。ファン層がどうしてそのライブに行くのかを勉強できましたね。
― それでは、クラシックの文化事業として一般化されるとよいアイデアなどはお持ちでしょうか。
坂入:そうですねえ。日本では、コロナのころは国から助成金・補助を求めて動きましたが、民間から支援をもらうのか国から支援してもらうのか不明瞭なところがあります。ヨーロッパなどでは、国とか州単位で予算が出て、オケや歌劇場の運営が成り立っていますが、アメリカではほとんど民間企業の寄付で成り立っています日本でも、民間からの支援をどうもらうかということも考えないといけないと思います。クラウドファンディングなども盛んになっていますが、社会全体がクラシックを盛り上げていこうという空気を醸成することが大切ですよね。クラシック界は価値の見せ方が上手でないと感じます。2000人のホールで100人の生の演奏が聴けることはすごいこと、贅沢なことなんです。一般的にその価値を知ってほしいと思って、今頑張っています。たとえば、クラシック以外でいうなら、先日東京ドームで行われたボクシング大会では、5万人近いチケット収入、PPV(中継の有料配信)の収入がほとんどでスポンサー収入は10%に満たなかったそうですよ。そういうビジネスモデルもできています。クラシックでも、そうやって価値を知ってもらうように頑張りたいと思います。
― 先生なら実現できそうですね。新交響楽団でも、若い人にクラシックに目を向けてほしいと考えています。
坂入:子供のためのコンサートに関しては、思うところがあります。自分にとって、ゲームは難しかったんですが、攻略本などを読んで、ちょっと背伸びするのがはまるきっかけだったんですね。だから、いつもどこかで聴いている有名な曲ばかりを演奏する子供のためのコンサートではなく、最初からストラビンスキーなどを演奏して知らない世界に子供たちに体験してもらうことが大切だと思います。たとえ、音に違和感を覚えることがあっても、そういう刺激を与えることで、ひとりでにクラシックの世界にはまっていく子供が増えるのではないかと思うんです。
■作曲家の意図と個性の表出は?
― クラシック音楽で、作曲家の意図を取り入れるこ
とが重要だと思うのですが、個性をどのくらい出してよいと思われますか。
坂入:譜面の要素を引き出すのは指揮者の基本姿勢ですが、そのうえで、ブラームスのように任せる範囲が狭い作曲家もいれば、自由度の高い作曲家もいます。譜面だけの情報だけではなく、書簡なども読み解いて、どういう演奏が望まれていたのかを知る必要もありますね。
■初回練習が終わって新交響楽団の印象は?
坂入:とてもいい感触でした。新響って、とても小さい時から聴いていて、もう20年近く聞いています。飯守泰次郎先生のマーラー「交響曲第1番」松山冴花さんのベートーヴェン「Vn協奏曲」の演奏会の時には、打ち上げにも行きました。Vnは素晴らしかったですね。天真爛漫で、音のパレットが多い演奏でした。
― そうなのですね。ほかにどの演奏会が印象に残っていますか。
坂入:高関健先生のマーラー「交響曲第7番」や、飯守先生のスメタナ「わが祖国」、ブルックナー「交響曲第6番」、芥川也寸志さんの「交響三章」、小松一彦先生の貴志康一作品も素晴らしかった。飯守先生の「ペレアスとメリザンド」、シェーンベルクは強烈でした。また、「エローラ交響曲」は大好き交響曲なので、いつかやりたいと思っています。
― ぜひ新響と一緒に。今回も、「わが祖国」にご来場いただいた際のチケット購入メールから、指揮依頼のご連絡を差し上げました(笑)。本当に数多くの演奏会にいらしてくださっていたのですね。私たちにとっては、初めての先生で緊張しました。
坂入:私も緊張しました。ずっと聴いてきたオケなのでプロオケを振るよりも緊張しました。
― (一同驚き)
― イメージされていたオケと同じでしたか。
坂入:イメージと違っていました。高関先生、矢崎先生、飯守先生といった指揮者と共演する伝統のあるオケなので、オケの中で演奏を固めてくるかと思ったのですが、特に、バーバー、パリのアメリカ人は、オケの自由度が高いと感じました。準備はしっかりとされている、しかしコミュニケーションを取りながら変化し、しかも浸透が速いので、この後がとても楽しみになりました。「新世界より」は、逆に基本に忠実でありたいと思っているので、奇抜な解釈はしないようにしています。この曲は、何十回も演奏している方もいらっしゃるでしょうし、いろいろな引き出しのある方もいると感じました。
― 曲について初めての合奏での発見はありましたか?
坂入:ガーシュウィンは、今回、初稿で行いますが、亡くなった後の改訂版、さらに、新校訂版というのが出ています。いつものCDで聴く演奏とは異なり、シンプルです。よりパリを意識しており、ラヴェルに弟子入りしたかったガーシュウィンの思いが伝わる演奏になる予感がしました。タクシーホーンは、初演では音が違うことがわかっていて、これも反映し、初演時の感動を伝えたいと思っています。アメリカ音楽のスタンダードとして伝えるのではなく、パリの人にも「天才・ガーシュウィン」が伝わるようなものにしたいと思います。
■初めて指揮をする今回の3曲への思いは?
― 今回は「新世界より」をメインに持ってきましたが、初めて指揮をされると伺いました。子供の時に聴き比べて、指揮者になりたいと思われたという曲ですが、大切に取っておかれたのでしょうか。
坂入:チェコの音楽と日本人には親和性があると言われますが、私は、日本のメロディとチェコのものは違うと思います。日本人が歌うと演歌になってしまう、それは残念なことで、この曲を演奏するのを躊躇していました。練習の時にも話した内容ですが、今回、チェコの香りが伝わるものにしたいと思っています。30年近く温めた曲を、20年聴いてきた新響と演奏できる、特別な演奏会です。
― バーバーは、先生からの強いご要望でしたが、思いをお聞かせください。
坂入:この曲はリハーサルで演奏をした方はお気づきのように、凄まじい曲です。バーバーは、マーラー、ブロッホに続く、ユダヤの音楽家だといえます。今回取り上げる「管弦楽のためのエッセイ第2番」は、最初のピアニシモのところから、革新的ですね。フルート、チューバとバスドラムと、最高音と最低音が鳴ります。最後の祈りの音楽といい、名曲中の名曲だと思います。ぜひ紹介したくて選びました。
今回は、単なるアメリカプログラムではなく、ヨーロッパの歴史を俯瞰できるようにしたかったのです。新響にとっても難しいと思うのですが、今回は3曲とも言語が違います。旧約聖書のヘブライ語、フランス語とアメリカ英語のミックス、そしてチェコ語。
― この曲は抒情性がキーワードだと思ったのですが、ユダヤの音楽だと言われるとピンときました。魂が入っている曲だと感じます。
坂入:ヨーロッパから亡命したユダヤ人指揮者、ブルーノ・ワルターが第2次世界大戦中に初演を指揮しています。ナチスによるホロコーストを皆が知っていた時なんですね。最後のクライマックスは命を落とした魂も加わって、復活を祈るような音楽です。
― この曲は、今回初めて知りました。練習の最初、技術的な難しさに気を取られていましたが、慣れてくるとその精神性を感じるようになりました。ティンパニの音を戦争になぞらえる人もいると聞きます。
坂入:打楽器ソロは戦いを表す。それが終わって静かになり、祈りが始まるんですね。
―「パリのアメリカ人」はいかがですか。
坂入:ジャジーなのりと、ラヴェルのような繊細さをハイブリッドにしたいと思っています。
■多趣味……その先にやはり指揮が?
― 話は変わりますが、ファスティング中だとか。
坂入:そうなんです。今日は1食も食べていないんですよ。びっくりするほど、空腹感がありません。今は、2泊3日で草津のホテルで温泉とサウナを楽しみながらファスティング中です。身体が絶好調になりますよ。サウナと温泉が大好きで、これは、もう趣味といっていいレベルですね。週に1回は入らないと、体調が悪くなりますね(笑)。名古屋ならここ、大阪ならここと行く場所を決めています。とにかく汗を出して水風呂に入ると疲れが吹き飛びます。ほかに、釣り、料理、お酒も好きですね。釣りは湖。ルアー釣りが好きですね。料理は、指揮と似ていると思います。さじ加減の仕方が、本当に似ている。レシピ通り(譜面通り)にしても、演奏者や指揮者によって、味が変わる。さっきの個性の話に通じますね。
― 指揮者のシノーポリさんも同じようなことをおっしゃっていましたね。
坂入:そうそう。
― 運動はなさるんですか?
坂入:運動は好きで、陸上部でした。中学では吹奏楽部でしたが、弦楽班を作るという学校の意向で、チェロを貸与されて演奏していました。活動は週に3回の練習だったので、空き日を使って陸上部を兼部しました。キャプテンを務めいたんですよ(笑)。最初、短距離で、部員が少ないので、長距離も出ていました。最後は、駅伝のほうが成績を伸ばせましたね。また、コロナで何もできなかったときに、市民プールに毎日行っていたら、泳げるようになりました。
― 立派なアスリートですね。こういうことも、指揮者につながりますね。
坂入:クロールをしていると肩こりが治ります!指揮をしていると肩が凝るので、その解消に良いですね。指揮者は、首、腰がやられがちなので、運動も大切ですね。
― 100歳までご活躍出来るほど、指揮者生命は長くていらっしゃいそうですね。先生のすべての活動が、指揮につながっているようです。
■今後の展望は?
坂入:直近の目標としては、2024年にブルックナーの全曲を演奏したいですね。プロアマ問わず。もう一つは海外ですね。先日海外の指揮コンクールに参加し、審査員だった山田和樹さんや樫本大進さんから沢山のアドバイスもいただき、活動の場をヨーロッパにも広げるべきだと確信しました。今後の展望が、この1か月で広がった気がします。
― どのような指揮者を目指されますか?指揮者の方って本当にいろいろなタイプの方がいらっしゃるのですが、例えば、80歳になった時にどんな指揮者になっていたいか、など。
坂入:最近、もう若手ではなくなったと感じます。大学オケを指導するようになったのですが、学生は一回り下なんですね。若いつもりでも、言葉の使い方や距離の取り方が全然違うんですね。だから、80歳になってもどんな世代ともコミュニケーションが取れる、信頼関係の築ける指揮者になりたいと思います。棒に対する情報は変わらないのですが、言葉のコミュニケーションは常にアップデートしたいと思います。80歳になっても、この指揮者若いな、と思われるような。でも指揮者はそれまでの経験が生きるものなので、さすが80歳とも思われる指揮者でありたいですね。
― 坂入先生ならきっとそうなりそうですね。長生きして見届けなくては。楽しみです。