別宮貞雄《音楽は心の問題》 ~生誕100年に寄せて~
別宮貞雄(1922~2012)は、東京大学理学部物理学科(相対性理論)および同大学文学部美学科を卒業、在学中に毎日音楽コンクールに入賞し、パリ国立高等音楽院に留学した英才である。フランスではミヨーやメシアンのもとで作曲技法を学び、音楽観や世界観の上で大きな影響を受けつつ端正な古典的音楽形式を範とする美学観のもと、前衛的な語法による音楽創作から距離を置きながら、直截(ちょくせつ)で明快かつ豊かな旋律と抒情性に富む独自の作風を確立していった。その眼差しは終生ほとんどぶれていない。
代表作は繊細で美しい歌曲「さくら横ちょう」、優れた劇場感覚に満ちた狂言をもとにしたオペラ、合唱曲、管弦楽、室内楽、東宝特撮ホラー映画「マタンゴ」に代表される映画音楽など作品は多岐にわたる。基本的にはダイアトニックと三和音、多彩なリズムの変化により、情景や揺れ動く心を捉えていくという風情があり、近年では多くの作品が演奏会やメディアにて紹介されている。
「現代音楽のわかりにくさは人間の予知能力を無視したことによる由縁で、わからなくても慣れればわかるようになる、ということではなく、本当にいいものはすぐにわかる」という観点から、先入観のない鋭い批判精神を常に持ち続けていた。創作活動に加えて、大学での教育、評論や作曲家団体役員など多方面での活躍に反映されている。
根底には、自然科学的秩序としてのコスモロジーの中、音楽は観念を表現できないものだから、直観こそが重要で、作曲当時の自分を表現、すなわち「音楽は心の問題」という信念が見えてくる。
別宮貞雄の作曲家としての本格的な出発点は、ベートーヴェンの音楽への傾倒から、大学入学後に音楽の師を求め、ドイツ音楽理論家として名高い諸井三郎に習おうとしたところから始まる。学校の先輩で理系でもある箕作(みつくり)秋吉(しゅうきち)に相談したところ、池内友次郎を推薦され、和声法と対位法を習うことになった。池内はパリ国立高等音楽院に学び、フランス近代音楽の先駆者として後世多くの優秀な門下を輩出した名伯楽であり、師匠の選択は、作曲家としての人生に大きな影響を及ぼしたといえる。実は箕作秋吉と諸井三郎は犬猿の仲だったことを後に知った、と別宮貞雄は述べている。
管弦楽のための二つの祈り
フランス留学で身に付けた近代的作曲技術の集約として、並々ならぬ意気込みで作曲した初期創作活動の到達点ともいえる作品である。純音楽的には「前奏曲、ファンファーレとフーガ」という構成で「当時の世界というものに向かい合った心の状態を表現したもの」と別宮貞雄は後に述べている。
第1楽章 Douloureux「悲しみを持って」
相互に関連性を持つ主題が交互に登場する変奏曲ともいえる。短三度を伴う主題と半音階的進行を伴う対位。八分の七拍子、八分の五拍子と進行して情感に溢れ、心が動いていく。
第2楽章 Vaillant「雄々しく」
ファンファーレに続いて増四度による緊張に満ちた主題が登場しフーガで展開していく。強靭ともいえる主題と構成でクライマックスを構築するストレッタでは、トランペットに定旋律(Cantus Firmus)としてグレゴリオ聖歌「クレド」の主題が登場する。クレド(Credo)は「信条」「約束」、キリスト教で「信仰宣言」。明確な三和音で力強く終止する。
初演:1956年5月10日東京交響楽団第78回定期演奏会
指揮:斎藤秀雄 東京交響楽団(日比谷公会堂)
受賞:1956年 毎日音楽賞(第8回)、尾高賞(第5回)
楽器編成:フルート3(3番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、小太鼓、中太鼓、大太鼓、シンバル、タムタム、トライアングル、チェレスタ、ピアノ、ハープ、弦五部
第3交響曲「春」
新潟県妙高高原の赤倉にて春スキーを楽しんでいるときに着想を得たという。前衛への反証として西洋近代の伝統的形式にこだわった第1交響曲、その反動として無調的な傾向のヴァイオリン協奏曲、さらに反動で辛辣な第2交響曲、そのまた反動で、自分が書きたいものを素直に書こうとした第3交響曲「春」、「春」とくれば「夏」として、大戦と終戦という深刻な第4交響曲「夏」、家族の不幸(奥様の逝去)による悲しみのチェロ協奏曲、そして最も古典的で「運命」の動機という第5交響曲「人間」と続いている。
第1楽章 「春の訪れ」(あっという間に春はやってくる)
春の息吹を告げる導入、ファンファーレの高まりから第1主題に入る。長い主題の後に対照的な第2主題が提示される。後半はソナタ形式の展開部と再現部が融合されたようなもので、終結はファンファーレが想起されてくる。冒頭のホルンから始まる春の目覚めと厚みを増す感情の高揚、4本のトロンボーンの硬質な響きと金管の重奏が、自然の威容と厳しさを表現しているのだろうか。
第2楽章 「花咲き、蝶は舞い・・・・・・」(そして鳥がさえずる。深い山の中の自然の美しさ)
自然の息遣いに満ちた風情がある。鳥のさえずりにはさまれた蝶の舞いが優雅。
第3楽章 「人は踊る」(人々は浮かれだす)
短い序奏で始まる舞曲。単に浮かれているだけではなく、ディズニーランドのパレードとかミッキーマウス・マーチのように、人々が踊りながら行進していくような躍動感がある。2つの主題によるソナタ形式で、展開部では第3の主題も出てくる。
初演:
(第1楽章のみ)「祝典序曲」としてNHK委嘱初演
1981年10月31日 音楽コンクール50周年記念演奏会
指揮:森正 NHK交響楽団(NHKホール)
(放送初演)1984年4月5日 NHK-FM
指揮:荒谷俊治 東京フィルハーモニー交響楽団
(初演)1987年3月19日 現代の音楽展’87
指揮:山田一雄 東京フィルハーモニー交響楽団(新宿文化センター)
楽器編成:フルート2、オーボエ2(2番はコールアングレ持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン4、ティンパニ、小太鼓、大太鼓、シンバル、タンバリン、トムトム3、トライアングル、チェレスタ、ハープ、弦五部
作品への想い
新交響楽団は、過去に2回、別宮貞雄の「管弦楽のための二つの祈り」を取り上げてきた。
第99回演奏会
「日本の交響作品展7 青春の作曲家たち」
1983年4月3日(日) 東京文化会館(指揮:芥川也寸志)
第233回演奏会
「新交響楽団創立60周年1956-2016」
2016年4月10日(日) 東京芸術劇場(指揮:飯守泰次郎)
長年にわたり日本の近現代作品に触れていると、個々の作曲家の持つ機能的・論理的な表現手段としての作品への関心とともに創造の感性が磨かれていき、練習を重ねていく毎に高まる緊迫感とテンションが研ぎ澄まされていく。音楽創造体験の厳しさと面白さがそこにある。
別宮貞雄の作品も、堅固な構成とともに感覚的で豊かな情感と美しさ、その中に厳しさと緊張感があり、技術を尽くして音楽を鍛えて磨いていく創作過程と作曲家の感性・感情を創造しながら、心の琴線に触れつつ、いつも新たな気持ちで演奏会を迎えている。
別宮貞雄氏とは、新交響楽団をはじめ多くの演奏会にてそのお姿をお見かけし、筆者にも自然体そのもので接していただいた。
筆者は今回で「管弦楽のための二つの祈り」の演奏が3回目となる。最初は20代半ば、2回目は50代半ば、そして還暦を過ぎた今回と、年を経ての演奏体験を通して、年齢を重ねるたびに別宮貞雄の音楽すなわち心の表現への理解が異なっていることに気づかされた。さらに深い理解のもと臨んでいきたい。
参考文献:
『NEW COMPOSER 2003 vol.4』(日本現代音楽協会 会報)
『NEW COMPOSER 2005 vol.6』(日本現代音楽協会 会報)
新交響楽団第233回演奏会<古典的な構築形式と豊かな感情表現の融合>(新交響楽団 筆者記載)
http://www.shinkyo.com/concert/p233-1.html
別宮貞雄作品集/第3交響曲「春」第4交響曲「夏1945年」-現代日本の作曲家シリーズ3/FOCD2510 (株)フォンテック