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ブルックナー:交響曲第4番

松崎 彩乃(コントラバス)

■ブルックナーの生い立ち
アントン・ブルックナー(1824−1896)は、オーストリアのアンスフェルデンで教員の子として生まれた。幼い頃から教会音楽に親しんでおり、13歳からリンツ郊外にある聖フローリアン修道院の合唱児童としてオルガン、ピアノ、声楽などを学んだ。21歳で父と同じ教員となり、母校の聖フローリアン修道院に着任した。26歳で同修道院の暫定オルガン奏者となり、32歳でリンツ大聖堂のオルガン奏者に任命される。このように着実にキャリアを積み、すでに国際的に有名なオルガニストとなっていたが、30代半ばごろから本格的に交響曲の作成をはじめた。(もちろんそれまでにミサ曲など作成している。)生涯で11の交響曲を作曲し、ブルックナーは後年の書簡で、「交響曲を作曲することが『常にわが生涯をかけた職業』だった」と述べている。

■交響曲全体の特徴
ブルックナーはどれを聴いてもみんな同じだ、といわれることがある。たしかに交響曲はつねに4楽章で構成され、第1楽章などは交響曲第1番で既に雛形ができている。
しかし、彼の交響曲は、フィナーレ(第4楽章)が醍醐味だ。第1楽章で交響曲の開始を告げた主題を第4楽章において全楽器の輝かしい響きとともに回帰させているからである。したがって、これは冒頭楽章のみならず交響曲全体の主要主題といえる。

なぜ、そのような輝かしいクライマックスに到達する壮大なフィナーレをかくことができたのか。それは、彼が都会で生まれ育ったわけではなく、オーストリア郊外の学校に通い、修道院で仕事をし、神を信じている敬虔なカトリック教徒だったからではないだろうか。彼の交響曲はかつて勤めた聖フローリアン修道院の教会で鳴り響くようにつくられているように感じられる。教会に響き渡るオルガンのような重厚な響き、天に向かって上っていくような音の進行、ずっしりとした体積で襲ってくる音の重さは他の作曲家ではなかなか感じることが出来ない。このことは、楽譜に「これは神のために書いた」と記され、手紙にも「神の恵みによって」と添え書きされていたことからもわかるだろう。
よって、彼の築き上げるクライマックスは、人間のエゴで感動させるものや、勝利によるフィナーレではなく、もっと神秘的で、巨大な力を感じさせる、宇宙的な広がりがある叙事的なものである。
ここに、彼の交響曲の最大の聴きどころがあるのではないだろうか。

また、ブルックナーの交響曲には特徴的な技巧があり、ここでは交響曲第4番にも見ることができるものを3つ紹介する。

・「ブルックナー開始」
微弱な弦楽器のトレモロによる、緊張感の孕んだ神秘的なオープニングを指す。深い森のごとく雄大な光景を想起させる。
・「ブルックナーリズム」
「二連符+三連符」あるいは「三連符+二連符」という特徴的なリズムであり、この形は変形されながら様々な場所で確認することができる。
・「ブルックナー休止」
曲の変わり目に、オーケストラのすべての楽器がピタリと休止する大胆な手法である。音楽の流れが一瞬途切れてしまうのだが、雄弁な沈黙とでも言うべき、とてもドラマティックかつ聴衆を惹きつける効果を生み出す。これは当時、国際的に有名なオルガニストだったブルックナーならではの特徴といわれる。オルガンのストップ(オルガンの音色を変えるもの)を操作するために間が空くことを連想させるからである。

■交響曲第4番の特徴
この交響曲には、「ロマンティック」という表題が、ブルックナーによって後年つけられた。
これは、ブルックナーが中世の都の明け方の光景や、ドイツの自然を頭に描いていたともいえるが、それを標題音楽的にリアルに描くという意味のみではない。その雰囲気をより主観的、抽象的に表したという意味のロマンティックでもあり、素朴な牧歌性や様式化された民族性のみならず、薄暗い響きや底知れぬ憂鬱をも含んだ多岐にわたるミクロコスモスを覆う大きな屋根を提供してくれる。
また、ブルックナーは短調を好んでおり、正式な番号の付いた交響曲の創作を、まずは短調ですすめていたが、この交響曲は初めて長調で書かれた。

■交響曲第4番の改訂
ブルックナーは、曲に具体的な上演機会が生じた際には、原則として徹底的に再び目を通し、入念に改訂するのがつねであった。
交響曲第4番も例にもれず、大きく3つの稿が存在する。1874年に完成した第1稿。第1稿の第3楽章、第4楽章を改訂した第2稿(1878/80年)。そして、第2稿に改訂を加えた第3稿(1888年)である。第3稿は、最近まで弟子が勝手に改訂したと考えられていたが、ブルックナーが丹念に本稿に目を通した上、正式に認可されたことが知られている。
本日の演奏会では、1878/80年稿をもとに演奏する。

■交響曲第4番初演
1881年2月20日、ハンス・リヒターの指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏で第2稿を用いて交響曲第4番の初演がおこなわれた。リハーサルが終わった後、ブルックナーがリヒターに感謝・感激の気持ちから、「これでビールでも1杯やって下さい」と1枚のターラー銀貨を握らせた(ビール1杯どころかその数十倍の価値)ことは有名なエピソードである。リヒターはその銀貨を時計の鎖につけ、記念としていつも持ち歩いていたという。
本番では、ブルックナーは交響曲の各楽章が終わるたびに聴衆から大きな歓声を浴び、熱烈に歓迎された。

■交響曲第4番の構成
第1楽章:アレグロ、変ホ長調、2分の2拍子
静寂から立ち現れてくるような弦楽器のトレモロによる、神秘的なオープニングである。ここの弦楽器は「音を膨らませないで」との指示のもと、緊張感を保っている。その後提示されるホルンの主題が、広大な自然を想起させ、シームレスに木管楽器へとつながっていく。
休止を経て始まる第2主題は、変ニ長調による歌謡的で軽やかな音楽である。「第1ヴァイオリンの動機が鳥の鳴き声を模倣し、ヴィオラの旋律は『森の中で自然の声を聴く喜び』を表現している」 とも言われている。pp のあとに ff が、その後に pppがくるなど、目まぐるしい、子どもの興味が移ろうかのような変化がある。それに一役買っているのがコントラバスの主音の重量あるピッチカートである。この音があるからこそ、鳥の鳴き声のモチーフが映え、停滞感なく音楽が進むのである。
そして第3主題は、形態的に第1主題に由来するが、より活発、はつらつとしている。この第3主題の裏では、弦楽器がユニゾンで対旋律を奏でており、音階で上下するセクションでは、木管楽器も加わり大きなうねりを生じさせる。特に、ファゴット、チェロ、コントラバスの低音楽器がこの旋律を奏でることで、このセクションの勇壮さを増している。
この楽章の最後では、冒頭のホルンの主題が、オーケストラ全体の簡潔だが力強い ff の和音のみによって明確に浮かび上がり、輝かしく回帰する。

第2楽章:アンダンテ、ほとんどアレグレット、ハ短調、4分の4拍子
緩徐楽章(第2楽章)は、両端楽章とは対極的な関係にあるので、交響曲第4番の場合は短調である。また、「歌、祈り、夜の情景」をイメージしているとも言われる。葬送行進曲風のテンポで統一されており、コントラバスは頭拍を奏で、どこか湿度の高い、鬱屈した空気を醸成する。

第3楽章:非常に速く、変ロ長調、4分の2拍子―トリオ、速すぎず、決して引きずらないように、変ト長調、4分の3拍子
このスケルツォでは、ホルンの響きにドイツの森深くで行われている「狩り」のイメージを与えたと言われており、動物が俊敏に駆けている様子が想像される。トリオにおけるレントラー風の部分では、「狩人たちが森の中で食事し、手回しオルガンに合わせてダンスを踊る」 情景を描いている。
しかしこのトリオの部分、なんとコントラバスは全部お休みなのである。チェロと同じ音で良いので弾かせて欲しいところであるが、せっかくなので、次の楽章の体力を温存しておくためにも鼻歌でも歌いながらこの時を楽しむことにしたい。
なお、このスケルツォは、第2稿で、まったく新しく作曲されたものである。しかし、スケルツォの第1稿と第2稿に共通点は存在しており、基本となる拍節に反して作曲するという着想は維持されたままなのである。第1稿では4分の3拍子に対して、ホルンが2連符の主題を提示しており、第2稿では4分の2拍子に対して、ホルンは3連符を提示しているのだ。「この三連符は、スケルツォに典型的な『三』の拍節の暗示と理解できるだろう。」

第4楽章:動きをもって、しかし速すぎずに、変ホ長調、2分の2拍子
この終楽章は、『「楽しく過ごした1日の後に突然降り始めた夜の驟雨」』 (驟雨=急に降り出す雨)を描いたものだと弟子に語っている。冒頭は、低音の静かな胎動から始まる。一部のコントラバス奏者が記譜上の音よりも、さらに1オクターブ低い音を弾くことにより、もやのかかったような、より暗澹たる雰囲気を出している。その音の上にホルンの主題が現れ、盛り上がった先に、第4楽章の第1主題が全楽器による強奏のユニゾンをもって到来する。第1主題から第2主題の移行のプロセスではハ長調の葬送行進曲風の部分があり、第3主題では凶暴的な金管楽器の連発音を中心に、激しい戦闘の音楽となっている。
コーダでは、コラール的なゆったりとした進行の後に、第1楽章冒頭のモチーフが力強く現れ、豊かなフルボディの音楽を響かせ、大団円となる。

■おわりに
ブルックナーは今年生誕200周年である。様々な団体がブルックナーの曲を演奏している中、「新交響楽団」らしい熱のあるブルックナーをお届けできていたら幸いである。


初演:
1881年2月20日 ウィーンにて ハンス・リヒター指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

楽器編成:
フルート2(1888年稿の第3稿ではフルート3、ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ(1874年稿の第1稿では使用されない)、ティンパニ、(シンバル=1888年第3稿所載、タムタム)、弦五部

参考文献:
根岸一美「作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー」音楽之友社 2006年
ハンス=ヨアヒム・ヒンリヒセン「ブルックナー交響曲」春秋社 2018年
土田英三郎「ブルックナー - カラー版作曲家の生涯 -」  新潮社 1988年
田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」春秋社 2021年
高原英理「ブルックナー譚」中央公論新社 2024年
田村和紀夫「交響曲入門」講談社 2011年
中川右介「未完成 大作曲家たちの「謎」を読み解く」角川マガジンズ 2013年
許光俊「クラシックを聴け!完全版」ポプラ社 2009年
飯尾洋一「「クラシックの王様」ベスト100曲」三笠書房 2008年
Wikipedia「交響曲第4番(ブルックナー)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/交響曲第4番_(ブルックナー)
(アクセス日:2024年8月30日)

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