HOME | E-MAIL | ENGLISH

ワーグナー:舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」より 第2日「ジークフリート」

品田 博之(クラリネット)

1. 忙しい人のための「ジークフリート」

 長大なオペラを書いたワーグナー。本日演奏するジークフリートも全曲上演に正味4時間弱かかりますが本日は演奏会形式の抜粋上演であり正味で90分弱です。しかし今日の演奏を聴けば「ジークフリート」での主な出来事をほぼ押さえることができる “忙しい人のためのジークフリート” ともいえるでしょう。「ジークフリート」は以下の主要な三つの出来事によって構成されています。本日はその部分の音楽をすべて演奏します。
  1. 破片となってしまった名剣ノートゥングを鍛えるジークフリート(第一幕より)
    ⇒ジークフリート(テノール)とミーメ(テノール)と管弦楽の演奏で
  2. ノートゥングによって大蛇(またはドラゴン)を退治するジークフリート(第二幕より)
    ⇒管弦楽のみの演奏で
  3. 大蛇を退治して宝を手に入れ、鳥の声の意味を聞き取ることができるようになったことで岩山の頂上で炎に囲まれて眠るブリュンヒルデを目覚めさせ、ブリュンヒルデと結ばれるジークフリート(第三幕より)
    ⇒ジークフリート(テノール)とブリュンヒルデ(ソプラノ)と管弦楽の演奏で
 なおこの構成は今回のコンサートのために城谷正博氏が発案されたもので、特に管弦楽のみで演奏される第二幕はこれまでにないオリジナルな抜粋となっています。
 ここまで読んでおけば何を舞台で歌っているのか、音楽が何を表現しているのかがおおよそわかるでしょうし、迫力と荘厳さと繊細さにあふれる魅力的な音楽を聴くだけで楽しめます。でもそれだけではノートゥングっていったいどんな由来の名剣なの?大蛇を退治したらなぜ宝を手に入れられるの?ブリュンヒルデはなぜ炎に囲まれて寝ているの?など疑問がたくさんわいてくることでしょう。それらの劇の背景を知れば知るほど音楽の魅力も増してくるというものですので長くなりますが解説を続けます。文中に説明を入れると冗長になると思われる補足解説は※を付けてこの解説の最後に掲載しました。興味や疑問がわいたらそちらも読んでください。

2. 世界最長?「ニーベルングの指環」とは

 ワーグナーのオペラは長い。本日抜粋演奏会形式でお届けする「ジークフリート」は上演に4日かかる連作オペラ(※1)「ニーベルングの指環」(連続上演には休息日を入れれば最短でも6日はかかる)の三番目のお話しです。三番目なのになぜ第2日なのかというと、一作目の「ラインの黄金」を第1日と呼ばずに序と呼び、二作目の「ワルキューレ」を第1夜(または第1日)、三作目「ジークフリート」を第2夜(第2日)、4作目の「神々の黄昏」を第3夜(第3日)とワーグナーが名付けたからなのです。1作目の「ラインの黄金」はこの壮大な物語の導入であり、単独の劇としてのまとまりは乏しいので“序”としたのでしょう。 ニーベルングの指環の詳細を説明することがここの目的ではないのでいろいろ省略して簡潔に書きます(それでも長いですが)。
  • 「ラインの黄金」:神話の時代、世界は神々の長(おさ)ヴォータンが治めている。神々とはいえ妙に人間臭くて、ヴァルハル城の建築資金支払いに困ってニーベルング族のアルベリッヒをだましてその財宝を略奪する。この財宝はアルベリッヒがライン川底から盗んだ黄金なので悪い奴という点ではお互い様である。その黄金から作った指環の持ち主は世界を征服できるという設定である(これをなぜ?と思ってはいけません。そういう力を備えた特別な黄金なのです)。ところが奪われた際にアルベリッヒが指環に呪いをかけてしまうのでその後の持ち主には不幸が訪れるという矛盾に満ちた存在でもある。とにかくそのような略奪をしなくてはならないほど神々族の権威に陰りがさしてきている。とはいえ完成したヴァルハル城に壮麗に入場する神々の姿で“序”は終わる。この後の伏線として上演場面にはないが、ヴォータンは神々の掟に縛られずに自由な意志と愛によって行動し、指環の呪いが及ばないと思われる人間の英雄(結局呪いは及んでしまうのだが)によって再び神々の栄光を取り戻そうといろいろ画策する。
  • 「ワルキューレ」と「ジークフリート」(オペラで演じられない内容も含む):上記計画に基づいてヴォータンが人間女性に産ませた双子の兄妹(ジークムントとジークリンデ)は幼いうちに離れ離れになり、ジークリンデは人身売買同然で結婚させられ夫に仕えている。一方のジークムントは良かれと思って行うことがことごとく人間界の常識を破る蛮行となり嫌われている(※2)。この二人が偶然再会し一気に燃え上がって結ばれる。この不倫の近親相姦によりヴォータンの孫にあたる英雄ジークフリートが産まれる。紆余曲折の末(この部分がまさに本日演奏する箇所の前段階と本編になるので後程詳しく説明します)、ヴォータンの娘であるブリュンヒルデとヴォータンの孫であるジークフリートが二人の意志によって深く結ばれる(叔母と甥の結婚!)。
  • 「神々の黄昏」:しかしその後この2人は、神々族を呪うアルベリッヒの息子ハーゲンが仕掛けた陰謀に嵌ってお互いを裏切り、ジークフリートはハーゲンに殺される。最後にすべての経緯を知ったブリュンヒルデは、ヴォータンの遠大な計画の失敗と神々族の終焉を、毅然とそして神々しく宣言してジークフリートの遺骸を焼く炎の中に身を投じる。この炎が神々族の住む天上のヴァルハル城にも至りすべてを焼き尽くし、災いの元であった黄金の指環はライン川に戻る。炎が引いた後、世界は浄化され救済される。
 だいぶ省略しましたが上記のように「ニーベルングの指環」は突っ込みどころ満載の波乱万丈、なんでもありのストーリーです。神話・ファンタジーとして楽しむこともできますが生々しくも不道徳な愛や裏読みすればきりがなさそうな寓意、登場人物の性格が複雑で理解が難しい部分などがたくさんあります。男性主役のジークフリートは双子の兄妹の近親相姦でできた子供、女性主役ブリュンヒルデとジークフリートは叔母さんと甥の関係、影の主役ヴォータンはニーベルング族をだまして財宝を略奪したり、あちこちに子供を作って回ったりです。こんな不道徳な内容にとてもついていけないと感じる方もいれば、深読みできる深遠な内容にはまってしまう方もいるでしょう。そんなわけでこれまでいろいろな解釈がなされてきました。これらは、ワーグナーのト書きとは全く異なる革新的な演出が生まれる素地になったと思われます。これが高じて最近では演出家が好き勝手に時代設定や登場人物設定の読み替えをしていますが、その一方で音楽の力は厳然と変わらず圧倒的です。たとえどんな演出がなされようが目を瞑って音楽に耳を傾ければ本来の筋書きが必然のように思えてくる、現代の道徳や常識からは大きく逸脱した登場人物にも感情移入してしまう、というものなのです。「ワーグナーの音楽は麻薬のようである」と言われますがまさにそのとおりだと思います。その魅力を味わう秘訣の一つは示導動機という、それぞれに固有の意味を持たせた旋律を知ることです。
 「ニーベルングの指環」(もちろん「ジークフリート」も)は他のワーグナーの作品と同じように複数の示導動機の組み合わせによって作曲されています。示導動機には印象的な名旋律が多いのでワーグナーはかなりのメロディメーカーだとも思います(ドヴォルザークやチャイコフスキーに比べるとあまりそのように語られることはないですが)。示導動機は変幻自在に歌やオーケストラに現れて劇の進行を直感的にわかりやすくしたり、登場人物の心理状態を表現したり、先の展開を暗示(※3)したりします。主要な示導動機を覚え、その旋律がどのような場面でどんな風に出てくるのかを感じ取ることでより楽しめるようになります。

3.本日の演奏個所をより楽しむために ―― 詳細な筋書きと示導動機 ――

 さて前章で “紆余曲折の末” と書いた部分を説明します。
 まずはジークフリートの前史にあたるワルキューレの説明です。ここを押さえておかないと登場人物に感情移入するのが難しくなります。
 なお、本日演奏されない部分は斜体(イタリック)になっています。

3-1. 「ワルキューレ」

 ジークムントが追手を逃れて倒れこんだ家はジークリンデの夫フンディングの館であった。フンディングが寝ているすきに、館の柱である大木に刺さったまま誰も引き抜くことができなかった剣をジークムントが引き抜く。この剣はジークリンデの結婚式に、素姓を隠して訪れたヴォータンが突き刺していったものである。その武器を手にして二人は森に逃げるがフンディングら追手が迫ってくる。ヴォータンの当初の目論見は息子であるジークムントを勝利させ神々のために活躍する英雄にすることだった。ヴォータンは最愛の娘で戦乙女ワルキューレの一員でもあるブリュンヒルデに、ジークムントに勝利をもたらすように命じた。しかしヴォータンの正妻は結婚をつかさどるフリッカ、このオペラで唯一といってもよい道徳的常識人。そんな企みを許すわけがなく、理詰めでヴォータンを屈服させ、兄妹に手を貸さないだけでなく追手が兄妹を打ち取ることをヴォータンに渋々同意させる。フリッカに言い負けたヴォータンはやむなくブリュンヒルデへの先の命令を撤回し、逆にジークムントを斃せと命じる。しかしブリュンヒルデは父の真意を忖度し命に背いてジークムントを守る。そこにヴォータンが現れて彼の槍によりジークムントは斃されてしまう。ブリュンヒルデはジークリンデを抱えて森に逃がす。その後ブリュンヒルデはヴォータンの怒りを買い神性をはく奪され、長い眠りについて行きずりの男に身を任せるという罰を与えられることになってしまう。ただしブリュンヒルデの懇願により、勇敢な者しか近づけないようヴォータンは彼女の周りを炎で取り囲む。

3-2. 「ジークフリート」

 次にジークフリートを音楽の流れに沿って詳しく説明していきます。

【第一幕 森の中の鍛冶屋ミーメの小屋】

■第一場、第二場、第三場前半
 追手から逃れたジークリンデはジークムントの子(ジークフリート)を宿しており、森に住む鍛冶屋のミーメ(アルベリッヒの弟)(※4)に助けられて男の子を産むが難産の末亡くなってしまう。ミーメは指環を含むニーベルングの財宝を守っている大蛇(またはドラゴン)のファフナーから財宝を奪いたいのだが手が出せない。そこでジークリンデの産み落とした男の子ジークフリートを育ててファフナーを退治させてやろうと考え、かいがいしく育てることにする。十数年が経過しジークフリートは恐れを知らない乱暴な若者に育っている。ここからオペラ「ジークフリート」の幕が開く。
 幕が開くとミーメが乱暴なジークフリートに手を焼いている場面である。ある日ジークフリートが森に出かけているときヴォータンが旅人の姿をしてミーメの下にやってきてなぞかけ問答をする。この部分はこれまでに何があったのかを観客に復習させるような場面で劇的な起伏には乏しい場面である(本日はこの辺りはバッサリとカット)。

 ここからが本日演奏する部分の解説です。時間表示は目安、括弧内はその場面で聴かれる代表的かつ印象的な示導動機名で初出のものは譜例を載せました。

■第三場後半
 剣を鍛える工程に沿って四つに区切って考えるとメリハリがつくように思います。その場面を一言で表すところには太字とし下線を引きました。

(1)演奏開始~:森から帰ってきたジークフリートに、ミーメはファフナーの洞窟のことや、恐怖という感覚を教えようとする。(※5)(譜例1 大蛇(ドラゴン))
 しかしジークフリートは恐怖とは何かさっぱりわからない。そして剣はいつになったらできるのかとミーメに問う。しかしジークリンデが持っていたジークムントの剣の破片が硬すぎてミーメにはどうにもできないのである。(譜例2 剣)
(2)5分~:しびれを切らしたジークフリートは猛然と剣の破片をやすりで粉々にし始める。ミーメは脇からごちゃごちゃ言うがジークフリートは意に介さず作業をする。ミーメはこの先自分の命が危うくなると嘆く。やすりで金属を削る様子を模した音楽が続く。(譜例2 剣、譜例3 労働、譜例1 大蛇など)
(3)8分~:ジークフリートはこの剣がノートゥングという名前だとミーメから聞く。(譜例4 ノートゥング)
 ジークフリートは粉々になった破片を炉に入れて “ふいご” で風を送る。一方ミーメはジークフリートがファフナーを斃した後にジークフリートに毒薬を飲ませて宝を奪おうと薬を調合し始める(図2)。ジークフリートは完全に溶けた鋼を型に流し込んで一気に水に入れて冷ます
(4)15分~:剣の形になりある程度冷めた鋼を鉄床(かなとこ)とハンマーで鍛え始めるジークフリート。ハンマーで鉄床をたたく効果音が鳴り響く。一方、ミーメは自分の計画が成功することを夢想していい気になっている。最後にノートゥングが完成し、ジークフリートはその剣で鉄床を真っ二つに叩き切る。

【第二幕 ファフナーの洞窟がある森の中】

■第一場
 アルベリッヒとヴォータンとファフナーが宝をめぐって言葉でやりあうがこれまでの筋の復習のような場面で本日の演奏を楽しむうえでは重要でないので説明は省略。

■第二場抜粋&第三場終結部(オーケストラのみで演奏します)
森のはずれの大蛇(またはドラゴン)に化けたファフナーの洞窟の近くに連れてこられたジークフリートは、さわやかな森の中で自分の母親のことを夢想する。人間はミーメしか知らないジークフリートだが森の動物を見て父と母がいて子が生まれるということは知っている。そこへ森の小鳥がフルート、オーボエ、クラリネットによってささやきかける。(譜例5 森の小鳥)
 それに答えようと葦笛(ステージ上部のコールアングレ)を作って吹いてみるが全くの音痴である。そこで得意の角笛を吹くことにする。この部分のホルンソロは“ジークフリートのホルンコール”と呼ばれるたいへんカッコいい有名なソロである。その音で大蛇に化けたファフナーが目を覚まし(譜例1 大蛇)ジークフリートに襲い掛かるがあっけなく退治されてしまう。(譜例6 ジークフリート)(第一幕でも出てくるがここが印象深いので譜例はここに載せる)
 俺のことを忘れるな(気をつけろという意味と取れる)と言ってファフナーは息絶える(譜例7 アルベリッヒの呪いの動機)。アルベリッヒが指環にかけた呪いにより持ち主に死が訪れてしまったことを示すと思われる。
 ジークフリートは手についた大蛇の血を舐めた瞬間に小鳥の声の意味が分かるようになる。
 小鳥は「洞窟の中に宝の山があるよ、隠れ頭巾も指環もジークフリートのもの」と歌うのが聞こえる。小鳥の声の意味が分かるようになる前はフルート、オーボエ、クラリネットで演奏されるがこの部分からはソプラノ歌手で歌われることになる。ただし本日は舞台上方の鉄琴、フルート、クラリネットで演奏する。この小鳥の歌は小鳥が自由に歌っているような効果を狙ったのか管弦楽の拍子(3拍子)と異なる拍子(4拍子)で同時進行する部分があり面白いが演奏する方は戸惑います。
 この後の第三場ではミーメとアルベリッヒの言い争いの後、ミーメが執拗にジークフリートに毒薬を飲ませようとするのでジークフリートはミーメを斬って捨てる。この部分は本日の演奏ではカット。
 切れ目なく第三場の最後に飛んで、また森の小鳥が「恐怖を知らない者が、山の上に眠っているブリュンヒルデを目覚めさせて花嫁にできる!」と歌う。ジークフリートは小鳥の先導でブリュンヒルデが眠る炎の山に向かう

【第三幕 荒涼とした岩山の麓(第一場、第二場)と岩山の頂(第三場)】

■第一場
 さすらい人(ヴォータン)と知の神エルダ(ブリュンヒルデの実の母)との対話。ヴォータンがエルダに神々族の窮状を訴えてアドバイスをもらおうとするが、ヴォータンのやっていることは矛盾だらけだと言って地の底に帰って行ってしまう。ここの音楽は迫力と深みがあって聴きどころの一つだが今回は涙を呑んでカット。

■第二場
 ヴォータン(さすらい人)がジークフリートの前に立ちはだかり行く手を遮る。(ヴォータンの真意は測りかねるが、ジークフリートを自分の言いなりにしようとしたというよりは、ジークフリートが最愛のブリュンヒルデを娶るにふさわしい勇敢な若者なのかを試したと考えるのが妥当か?)。しびれを切らしたジークフリートがゆく手を遮るヴォータンの槍をノートゥングで叩き切ってしまう。本日の演奏はそこから開始。

■第二場終結部(間奏曲に相当)と第三場
 本日はここから切れ目なしに最後まで演奏する。この場面はジークフリートがブリュンヒルデを目覚めさせて結ばれるというだけの話なのであるが50分以上を要する。プッチーニだったらおそらく10分もかけないくらいの展開だろう。しかしそこはワーグナー、現実世界と同じくらいの時間進行で二人の心境の変化を克明に表現していく。明確な区切りはないが二人のセリフをもとに七つに区切ると全体の進行を俯瞰的にとらえることができると思う。

(1)演奏開始~:間奏曲 炎をものともせずに岩山の頂に向かう勇壮なジークフリートの様子と頂での神秘的な静寂を壮大に表現する(譜例8 魔の炎、譜例6 ジークフリート、譜例9 まどろみなど多数)
(2)3分~:兜をかぶり甲冑を身に着けた兵士(実はブリュンヒルデ)が岩山の頂に横たわっているのを見つけ、兜と甲冑を取り外す。(譜例10 ワルキューレ、譜例11 愛の喜び、譜例2 剣)
(3)10分~:「男じゃない!」と叫ぶジークフリート。生まれて初めて人間の女性を見てうろたえ、初めて恐怖を感じながらもついに口づけをして目覚めさせる。(譜例12 愛の困惑、譜例9 まどろみなど)
(4)17分~:木管の和音とヴァイオリンそしてハープで奏でられる厳粛かつ壮大な音楽を伴ってブリュンヒルデが目覚め、ジークフリートを見て歓喜する。 そしてあなたのことを生まれる前から知っていたと歌う。それを聞きジークフリートは彼女を母親と勘違いする。(譜例13 愛の挨拶、譜例14 歓喜、譜例15 遺贈(※6)など)
(5)29分~:ワルキューレであった過去を思い出し、自分は神でなくなり身を守るすべもないということを悟り困惑するブリュンヒルデ。困惑を感じさせるフレーズが繰り返される(譜例12 愛の困惑)。なぜ逡巡するのか理解できず困惑しつつ猛然とアタックするジークフリート。(譜例10 ワルキューレ、譜例16 ヴァルハル、譜例12 愛の困惑など)
(6)39分~:急に吹っ切れたようにジークフリート牧歌のテーマが優しく奏でられる。見境なく突進してくるジークフリートを、落ち着いて!優しくしてね とブリュンヒルデがたしなめる場面である。かまわず熱く迫るジークフリート。
(7)48分~:ついにブリュンヒルデも吹っ切れて燃え上がる二人。そこでブリュンヒルデは「ヴァルハラの世界など消え去れ!神々の栄華よ、さようなら!」と歌い、最高に盛り上がる喜ばしい音楽をバックに二人は「輝きながら愛し、笑いながら死のう!」と歌って幕となる。次作「神々の黄昏」のヴァルハル城の炎上崩壊という結末を暗示することで最高の歓喜の音楽に包まれながらも単なる喜びだけではない、過去の権威が滅び新しいものが生まれてくる不安と期待を表しているのか?聴衆はこの先に待ち受けている悲劇を知っているのでそれも思い浮かべ深い感動のなか幕となる。(譜例16 ヴァルハル、譜例14 歓喜、譜例15 遺贈など)
 以下は本文中の※を付けた個所の補足説明です。

※1 連作オペラ:ワーグナーは「ニーベルングの指環」を舞台祝祭劇と名付けていわゆる”オペラ“とは一線を画したものとしているので歌劇ではなく楽劇(Musikdrama)と呼ぶことも多い。しかしここではオペラと書くことにする。

※2 ジークムントの非常識な蛮行:「ワルキューレ」第一幕でジークムントの自分語りの中の話である。親戚兄弟から無理やり政略結婚をさせられそうになった若い娘にその結婚を止めてくれるように頼まれ、結果的にその娘の親戚兄弟を皆殺しにしてしまい悲嘆にくれた娘に恨まれた。というのである。嫌われ者になるはずである。

※3 示導動機が先の展開を暗示する特に感動的な場面の例を紹介する:ワルキューレ第三幕、ジークムントがヴォータンの槍で斃された後ジークリンデはブリュンヒルデにかくまわれてその場から逃走する。ジークリンデはブリュンヒルデに自分を殺してくれと懇願する。ブリュンヒルデは、ジークムントの愛のあかしがあなたの中にいると伝える。ジークリンデは一転喜びとともに生きる意欲がわいてくる という場面である。そこで悲壮感を漂わせながらも英雄的なジークフリートの動機が初めて登場する。そしてその直後ブリュンヒルデはその子の名前をジークフリートと命名する という音楽的にも最高に盛り上がる名場面の一つである。

※4 ミーメ:ミーメはアルベリッヒの弟で鍛冶職人である。ラインの黄金をラインの川底から奪ったアルベリッヒに、その黄金を使いなんにでも化けられる隠れ頭巾を製作させられた。隠れ頭巾はその他の黄金とともにヴォータンにだまし取られるが、ヴァルハル城を築城した手当としてファフナーの手に渡る。その隠れ頭巾を使ってファフナーは大蛇(またはドラゴン)の姿に化けて洞窟で財宝を守っている。

※5 ミーメはなぜジークフリートに“恐怖”という概念を教えようとするのか:本日は演奏されない第一幕の前半で、ヴォータンがさすらい人に扮してミーメの小屋に訪れ、命を懸けたなぞかけをしてミーメが負ける。さすらい人は「お前の命は恐怖を知らない者に預けた」と言い残して去る。そのためミーメは恐怖という概念を感じたことがなさそうなジークフリートにいずれ殺されるのではないかと戦々恐々としているので、彼に恐怖の概念を教えようとしている。

※6 遺贈の動機:この名称はわかりにくいがヴォータンがジークフリートに力を譲るとかブリュンヒルデがジークフリートに知恵を授けるなど自分に備わった能力を愛する他のものに譲るような意味があると思われる。


初演:
1876年8月16日、バイロイト祝祭劇場。ハンス・リヒター指揮。第1回バイロイト音楽祭において『ニーベルングの指環』四部作として初演。


楽器編成:
ピッコロ、フルート3(第3はピッコロ持ち替え)、オーボエ3、コールアングレ(オーボエ持ち替え)、クラリネット3、バスクラリネット(クラリネット持ち替え)、ファゴット3、ホルン8(第5-8 はワーグナーテューバ持ち替え)、トランペット3、バストランペット、トロンボーン3、コントラバストロンボーン、コントラバステューバ、ティンパニ2対、トライアングル、シンバル、タムタム、グロッケンシュピール、鍛冶ハンマー、ハープ6(パートは3)、弦五部


参考文献:
1) The Ring Disc - An Interactive Guide To Wagner's Ring Cycle by The Media Café  Publication date 1997-03
2) “Der Ring Des Nibelungen Leitmotifs”
https://youtube.com/playlist?list=PL78TsyiiZjhGNl-civwjVsk_7tn6XG3wh&si=PqqBYsHxzhpVN0iK
2024.11.1~15に参照
3) “SIEGFRIED & THE TWILIGHT OF THE GODS BY RICHARD WAGNER WITH ILLUSTRATIONS BY ARTHUR RACKHAM”
https://www.gutenberg.org/files/49507/49507-h/49507-h.htm#siegpl001
2024.11.1~15に参照
4) Wagner, Richard: Siegfried WWV 86 C
Der Ring des Nibelungen
Study/Miniature Score
Eulenburg: ETP 8056 Q24064
5) オペラ対訳プロジェクト “ジークフリート“
https://w.atwiki.jp/oper/pages/189.html

このぺージのトップへ