芥川也寸志:オーケストラとオルガンのための「響」
江尻 明紀(打楽器)
言うまでもなく芥川也寸志(1925-1989)は、新交響楽団にとって特別な音楽家である。そして彼は、実はこのサントリーホールの誕生自体にも大きく関わっている。
サントリー株式会社の創業70周年を迎えた1969年、2代目社長・佐治敬三が設立した「鳥井音楽財団(現・サントリー音楽財団)」に、同社提供のラジオ番組のパーソナリティーを務めていた縁から中心メンバーとして活動するようになると、東京にはコンサート専用のホールがないこと、そしてその存在の必要性を訴え、建設を勧めた。その働きかけは、佐治社長に「クラシック音楽を日本人の生活文化として根付かせるためにコンサートホールを作ることは、洋酒文化を日本に根付かせたサントリーの使命なのではないか。サントリーでなければできないホールを。」という熱い志を持たせるに至った。そして1986年10月、ついに落成したサントリーホールにて、そのオープニングセレモニーのために委嘱作曲され、サヴァリッシュ×NHK交響楽団により初演されたのが本作品なのである。
このような背景を以てして、本日の記念演奏会の幕開けに他の選曲は考えられない。
芥川は作曲に際し、以前に発表した自らの作品「オスティナータ・シンフォニカ」(1967)に、サントリーホールの素晴らしい象徴であるパイプオルガンのパートを加え、新たな楽曲として昇華させる方法を取った。“オスティナータ”のタイトルの通り、芥川作品の特徴として知られる躍動的なオスティナート(ある音型を続けて何度も反復する技法)の使用が顕著であるが、それは「響」においても変わらず、寧ろ執拗さを増しているようだ。全曲は、以下のように明解な4部の構造になっている。
- 第1部:序奏
- 第2部:オスティナート
- 第3部:発展
- 第4部:再現と総合・コーダ
この場面では、4/4拍子を4小節、8分音符にして32個分の長さを6/8 → 5/8 → 4/8 → 3/8 → 2/8 → 3/8 → 4/8 → 5/8とシンメトリカルに分割した音型を、ひたすら繰り返す。まずはコンガが基礎としてのオスティナートリズムを刻み始め、それに乗ってファゴットのシンコペーションのきいた旋律が軽妙に現れる。次いで「3音のモチーフ」を表すティンパニが重なると、オスティナートは全音ずつ移高、徐々に音域も音量も拡大し、更にオーケストレーションの変化と「複合和音」も加わり、複雑なパズルがピタリと嵌まったような痛快な盛り上がりを見せる。その勢いが最高潮に達すると、段々と波が引くように減衰し、静けさを取り戻す。その騒ぎを静観していたオルガンは、これまでの要約と、次の発展部への方向性をポツリと語り、そして再び沈黙する。
応じたフルートが「3音のモチーフ」による独奏を始めると、別の音型でモチーフを示す者が一人、また一人……と増え、いつしか4声が同じモチーフを同時に違うリズムで演奏するようになる。譜面上ではシステマティックだが、聴いていると何とも心地の良い混沌をもたらされる印象的な場面である。他の管楽器群がそれに呼応してやや拡がりを見せるもすぐに鎮静し、フルートがまた独り言のように「3音のモチーフ」を呟くと、ゆっくりと引っ掻くような弦楽器のグリッサンドが発生し、再びオルガンを目覚めさせる。カデンツァのリフレインの後、オーケストラは一気にクライマックスへ向かい、第4部へ突入する。
ティンパニのリーダーシップに導かれ、いきなりフルスロットルの状態からオスティナートが復帰し、これまでの再現と総合の場としての盛り上がりを見せる。やがてその勢いも衰えて、遠ざかり、シビアなムードを残したまま消えて終わってしまう……かと思いきや、ふと踵を返し、強烈な大型クレッシェンドで再びこちらに近づいて来る。そして目前に迫って最強音に至る時、急に表情を変え、オーケストラのC音にオルガンのハ長調の和音という、非常に明るくシンプルで祝祭的な響きに変化し、音楽はホールを喜びで満たす。
厳しい後ろ姿を見せて一度は去っていったが「おめでとうと言い忘れた!」とばかりに、はにかんで戻って来る、粋で照れ屋な芥川の壮大なツンデレを、大いに感じていただきたい。
初演:
1986年10月10日、サントリーホールにて。ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮、オルガン:林佑子、NHK交響楽団
楽器編成:
フルート4(全員ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ピアノ、ティンパニ、大太鼓、コンガ、グロッケンシュピール、アンティーク・シンバル、シンバル、タムタム、オルガン、ハープ、弦五部
参考文献:
佐治信忠発行/原武編『サントリーホール20周年記念誌』
出版刊行委員会編『芥川也寸志その芸術と行動』
芥川也寸志『ぷれりゅうど』筑摩書房 1990年