ショスタコーヴィチ:交響曲第4番
大島 知之 (トロンボーン)
ショスタコーヴィチについて
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)は、ロシア帝国のサンクトペテルブルク(現在のサンクトペテルブルク)に生まれた。幼少期から音楽の才能を示し、13歳でペテルブルク音楽院に入学し、グラズノフに師事する。ピアノと作曲を学び、19歳で音楽院の修了制作として作曲した交響曲第1番が国際的に脚光を浴び、天才作曲家として注目を集めることとなった。ショスタコーヴィチの作曲家としての人生は、ソビエト政権下という時代の政治的圧力に翻弄されることとなる。オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は成功を収めたが、1936年にソビエト政府の機関紙《プラウダ》による批判を受け、危機的状況に陥った。交響曲第5番の成功により名誉を回復。その後も体制と芸術の狭間で交響曲や弦楽四重奏曲など、多くの傑作を生み出した。
晩年は病に苦しみながらも作曲を続け、1975年にモスクワで死去。彼の音楽は、壮絶な時代の中で芸術の意義を問い続けた証であり、今なお世界中で演奏され続けている。
交響曲第4番の作曲の背景
1934年に発表されたショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は、当時人気の小説を題材とし、前衛的な音楽でありながらも登場人物の心情を巧みに表現した作品であった。その芸術性の高さから、ソ連国内のみならず世界中で絶賛された。しかし、当時のソ連では、スターリン率いる共産党が芸術を厳しく統制し、国家体制を強化するための宣伝手段として利用しようとしていた。音楽や文学、演劇に至るまで、党の方針に沿わない芸術は「反革命的」とみなされ、厳しく弾圧された。特に、西洋の古典音楽や現代音楽、ジャズといった「ブルジョワ的」な要素を持つ芸術は排除され、作曲家や演奏家は常に政府の意向を意識しながら創作を行わざるを得なかった。「マクベス夫人」は、不倫を題材にした物語と前衛的な音楽表現によって、社会主義リアリズムの理念から大きく逸脱していた。このため、1936年1月、共産党中央委員会機関紙《プラウダ》に「音楽の代わりに荒唐無稽」と題する批判記事が掲載され、ショスタコーヴィチは一夜にして国家の敵とされる危機に直面した。当時のソ連では、政府の批判対象となることは、単なる芸術活動の制限にとどまらず、作曲家本人やその家族・友人の逮捕、さらには命の危険に直結するものであった。事実、この時期には多くの芸術家や知識人が粛清の対象となり、強制収容所送りや処刑を余儀なくされた。ショスタコーヴィチもまた、自身の運命を案じながら、創作活動を続けることを強いられた。
この《プラウダ》批判が巻き起こったとき、交響曲第4番は作曲の途中であった。異常な政治的圧力のもとで作曲は進められ、完成後すぐに初演の準備が進められたが、1936年12月の初演直前に、自らによって中止が告げられた。その理由については諸説ある。リハーサルの出来に満足できなかったとも、当局から直接的な圧力があったとも言われているが、真相は明らかではない。しかし、いずれにせよ、交響曲第4番よりも先に初演された交響曲第5番を「第4番」ではなく「第5番」と名付けたことからも、ショスタコーヴィチが第4番に特別な思いを抱いていたことは確かである。最終的にこの交響曲が初演されたのは、それから約25年後、スターリンの死後8年を経た1961年12月30日のことであった。
交響曲第4番の特徴
ショスタコーヴィチは本交響曲を「自身の創作活動の信条(クレド)」と位置付けていた。作曲活動中、彼のピアノの譜面台には常にマーラーの交響曲第7番の楽譜が置かれていたとされ、その影響は随所に感じられる。交響曲第4番は、彼の交響曲のなかでも特に規模が大きく、オーケストラの編成も最大級である。演奏時間は約60分、長大な第1、第3楽章と、その間に挟まれる短い第2楽章で構成される。楽器編成は、20本の木管楽器や8本のホルン、4本のトランペットにテューバも2本が必要となり、オーケストラ全体では130人にもおよぶ。金管楽器奏者としての主観でいえば、本交響曲では金管楽器のミュート(金管楽器のベル部分に取り付けて、楽器の音色や音量を変える道具)が効果的に使用される。トランペット、ホルン、トロンボーン、テューバに至るまでミュートが多用され、その効果は金切り声のような鋭い響きから、一方では葬送行進曲のような陰鬱な響きまで幅広い効果を生み出している。ところで、今回の演奏プログラムでは、すべての楽曲に金管楽器のミュートの指定が存在しているが、それぞれの作曲家がどのような音響効果を求めていたのか、聴き比べてみるのも面白いかと思われる。
第1楽章:Allegretto poco Moderato - Presto、ハ短調、4分の4拍子
衝撃的な3音から始まり、トランペットとトロンボーンによる行進曲調の主題へと発展する。複合拍子の弦楽器のメロディが続き再び行進曲調の主題に戻る。その後、木管楽器が3連符の楽しげなメロディを始めるが、それも長くは続かず、徐々に不安げになり最終的にはティンパニの強奏や、金管楽器の咆哮によって遮られる。展開部では風刺的なポルカや、突如として始まる狂乱的なフーガ風のパッセージが現れ、混沌とした音楽が続く。いったん落ち着きを取り戻したのち、ティンパニとミュート付きの金管楽器がppからfffffの12音のクレッシェンドに発展して展開部が終了する。
第1楽章の最後はファゴットとコールアングレが主題を奏でるが、徐々に推進力をなくしていく。途中、高音木管が主題の冒頭部分を鳴らして再起を呼びかけるが、曲全体としてはその呼びかけに応じずコントラファゴット、トロンボーン、テューバの低音域の和音によって幕を閉じる。
第2楽章:Moderato con moto、ニ短調、8分の3拍子
長大な第1楽章・第3楽章に比べると第2楽章は8分程度と非常に短い。スケルツォであるが、楽しげな雰囲気は少なく、どこか暗い影を持ったまま進行し複雑なフーガを奏でる。
この楽章の最終盤には突如として、ラテン風のようなスペイン風のような打楽器のリズムが現れ、やはり弱奏で幕を閉じる。
第3楽章:Largo - Allegro、ハ短調、4分の4拍子~4分の3拍子
葬送行進曲を思わせるような重い足取りのティンパニとコントラバスの低音に乗ってファゴットが主題を奏で、やがてアレグロの3拍子が開始される。ポルカやワルツ、ギャロップ調の音楽にまぎれて、「魔笛」のパパゲーノのアリアや「カルメン前奏曲」をほのめかす。2対のティンパニに導かれて金管楽器の異様ともとれる明るいコラールが展開されるが、徐々にその響きが崩れ、葬送行進曲冒頭の主題が展開される。興奮が収まるにつれ、チェレスタが遠くから聞こえる鐘の音を奏でる。また、ミュートを付けたトランペットが葬送を先導する(かつてベートーヴェン時代のヨーロッパでは、兵士の葬列の際に軍隊のトランペットにミュートを付けて演奏される習慣があったことから、ショスタコーヴィチが「葬儀」や「死」の概念をイメージしたものかもしれない)。最終的にチェレスタが和声的に解決しない音を奏で、永遠に解決されないまま本交響曲は幕を閉じる。
交響曲第4番と新交響楽団の関わり
交響曲第4番は、新交響楽団にとって特別な意味を持つ作品である。1986年、ショスタコーヴィチ生誕80周年の年に、新交響楽団は芥川也寸志先生の指揮のもと、創立30周年を記念して日本初演を果たした。現在もその歴史的な初演に参加したベテランメンバーが在籍している一方、当時はまだ生まれていなかった若いメンバーも、今回の演奏に加わっている。過去の栄光を称えるだけでなく、伝統を受け継ぎながら未来へと歩みを進める——それが新交響楽団の姿勢である。本日の演奏から、その志を感じ取っていただければ幸いである。初演:
1961年12月30日、モスクワ音楽院大ホールにて。キリル・コンドラシン指揮、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
日本初演:
1986年7月20日、新宿文化センター大ホールにて。芥川也寸志指揮、新交響楽団
プロフェッショナルのオーケストラによる日本初演:
1989年10月11日、NHKホールにて。マレク・ヤノフスキ指揮、NHK交響楽団
楽器編成:
ピッコロ2、フルート4、オーボエ4(4番はコールアングレ持ち替え)、Esクラリネット、クラリネット4、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン8、トランペット4、トロンボーン3、テューバ2、ティンパニ(奏者2名)、合せシンバル、サスペンデッド・シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シロフォン、タムタム、グロッケンシュピール、チェレスタ、カスタネット、ウッドブロック、ハープ2、弦五部
参考文献:
寺原伸夫(解説者)『ショスタコーヴィチ 交響曲第4番』全音楽譜出版社 2024年
千葉潤『作曲家◎人と作品シリーズ ショスタコーヴィチ』音楽之友社 2024年
工藤庸介『ショスタコーヴィチ全作品解読』東洋書店 2006年
亀山郁夫『ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光』岩波書店 2022年
佐伯茂樹『名曲の真相 管楽器で読み解く音楽の素顔』アカデミア・ミュージック 2016年
YouTube「革命が生んだ天才か スターリンを欺いた英雄か。ソ連当局に忠誠を誓った音楽家の面従腹背の二重奏【ショスタコーヴィチ】」https://www.youtube.com/watch?v=koOqj67HsxM&t=665s (アクセス日:2025年2月26日)
Wikipedia「交響曲第4番(ショスタコーヴィチ)」https://ja.wikipedia.org/wiki/交響曲第4番_(ショスタコーヴィチ)(アクセス日:2025年2月19日)