第167回演奏会のご案内
今から2年前の夏、私たちはある素晴らしい指揮者と出会いました。ロシア・ハパロフスク極東交響楽団芸術監督であり、ロシア功労芸術家の称号を持つ、ヴィクトル・ティーツ氏です。氏は日本の音楽事情に強い興味を待ち、東京・大阪の主要オーケストラの演奏会、リハーサルなどを意欲的に見学されていました。その見学先の候補の一つとして、私たち新交響楽団が挙げられていました。残念ながら滞在中に私たちの練習をご覧いただくことはできませんでしたが、新響メンパー数名との会食の機会が得られ、ティーツ氏はロシアの音楽について、作曲家について、そして自身の音楽観について私たちに熱く語ってくださいました。私たちは氏の人柄、見識、そして音楽に対する深い造詣と熟い情熱に心打たれ、ぜひともステージでご一緒したいという思いを強く抱くようになりました。
チヤイコフスキーとカリンニコフ
カリンニコフという作曲家を知っている人は、日本ではまだあまり多くはないかもしれません。しかし、一度でも彼の作品を聴いた人は、その愁いをおぴた旋律の美しさに魅了され、決して波の名を忘れることができなくなるでしょう。「薄幸の作曲家」として紹介されることの多い彼は、34歳の短い生涯の中で、たった2曲の交響曲と数曲の管弦楽曲、歌曲などを残したのみでした。
貧しさゆえに自らの音楽的才能を学費や生活費の捻出のために浪費していた彼を、モスクワのマリー・シアターに指揮者として推薦し、生活の安定を支えたのは、他ならぬチャイコフスキーでした。しかし、カリンニコフはその後すぐに重い肺結核を患い、ヤルタのサナトリウムで、療養生活を送らざるを得なくなります。
再び失意と貧困のどん底にあった彼を支えたのは、ラフマニノフでした。ラフマニノフは病の床にあるカリンニコフに希望と経済的援助を与え、再び彼は作曲に取り組むことになリます。しかし、残された彼の人生はあまりにも短く、病の床で、書かれた曲はわずか数曲のみでした。交響曲第1番は彼が28歳の時の作品です。やっと経済的に安定した生活に入ったのも束の間、病に蝕まれ、血の滲むような思いで書いたであろうこの曲は、限りなく甘く美しく、そして憂いを帯びて、ロシアの母なる大地の暖かさを感じさせます。ときわけチャイコフスキーを思わせるような旋律は、彼の苦境に温かい手を差し延べてくれた偉大な作曲家への畏敬の念も含まれているのでしょうか。ちなみに、彼は死の直前「1812年」をモチーフにしたオペラを書いていましたが、未完に終わっています。もしも、彼がもっと長生きしていたならぱ、チャイコフスキーの後継者としでどんなに素暗らしい作品を残してくれたことでしょうか。
新交響楽団と「悲愴」
カリンニコフと深い関係を持つチャイコフスキーですが、新響が交響曲第6番「悲愴」を演奏するのは、1989年4月の第123回演奏会以来、ちょうど10年ぶりになります。図らずもこの第123回演奏会は、新響の草創期からの指導者である芥川也寸志が亡くなった直後の演奏会でした。それから10年、新響は多くの指揮者との共演によって、より多彩な幅広い音楽活動を行うようになりました。今回の「悲愴」はいわば、新響の音楽の原点に帰っての再挑戦です。そして、その指揮者として、ロシア音楽の神髄を知るティーツ氏を迎えることができたのは、私たちにとって大きな喜ぴです。
指揮者ヴィクトル・ティーツのプロフィル
1938年モスクワ生まれ。1964年モスクワ音楽院卒(作曲)後、1967年同学院大学院修了(指揮)。1967年〜79年ロシア・ハバロフスク極東交響楽団(正式名称は極東交響楽団)芸術監督・首席指揮者に就任。以来市民コンサート、公益活動その他の多彩な演奏活動を続ける一方、活動領城をサンクトペテルプルグ、モスクワ、サハリンから韓国、日本、アラスカなど広範囲に広げ、極東交響楽団の情熟的なロシア・サウンドを多くの人々に伝えた。その功績が認められ、1981年に「ロシア功労芸術家」の称号を授与された。オムスク交響楽団、モスクワ・ロスコンサート劇場などの指揮者を経て89年より再ぴ極東交響楽団芸術監督・首席指揮者。
新交響楽団プロフィル
1956年創立。音楽監督・故芥川也寸志の指導のもとに旧ソ連演奏旅行、ストラヴィンスキー・バレエ三部作一挙上演、10年におよんだ日本の交響作品展(1976年にサントリー音楽賞を受賞)などの意欲的な活動を行ってきた。最近ではマーラーの交響曲全曲シリーズ(故山田一雄指揮)、ショスタコーヴィチ交響曲第4番日本初演、日本の交響作品展91、92(石井眞木指揮)などの演奏会、また93年9月にはベルリン芸術週間に参加して3邦人作品をフィルハーモニーで演奏するなど、積極的な活動を行っている。96年には創立40周年記念シリーズでワーグナー「ワルキューレ」の演奏会形式公演(飯守泰次郎指揮)、「日本の交響作品展'96」では1930〜40年代の知られざる作品を発掘するなど、各方面から注目を集めている。
第167回演奏会(1999年10月11日)ちらしより