第169回演奏会のご案内


2000年のシーズン最初の演奏会では、ソヴィエトを代表する、いや今世紀を代表する作曲家といっても過言ではなくなったドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906−1975)の作品を2曲取り上げます。

●新交響楽団とショスタコーヴィチ

新響とショスタコーヴィチの緑は深く、これまでに交響曲第1番、4番、5番、7番、9番、10番を演奏してきました。登場した指揮者も、故芥川也寸志音楽監督をはじめ、高関健、そして今回指揮をお願いした小泉和裕など多彩な顔ぶれです。なかでも芥川の指揮で演奏した交響曲第4番は日本初演であり、新響の歴史に残る演奏会となうました。小泉の指揮では、9番、10番に次いで3回目ですが、過去2回の演奏会では小泉の軽快なテンボ、深い解釈を身をもって経験でき、このことは団員の大きな財産となっています。

●ショスタコーヴィチと政治

ショスタコーヴィチは、その生涯すべてを、「鉄のカーテン」の向こう側で送りました。そのためか、死後、そしてソ連が崩壊するに及び、その作品と政治的背景を結びつけられて語られることが多くなりました。死後出版された「ショスタコーヴィチの証言」以降、その傾向に拍車がかかっているように感じられます。交響曲5番の終楽章が、「強制された歓喜である」などの話は、私も興味深く読みぶけった記憶があります。作品の時代背景等を知ることは大切です。しかしながらショスタコーヴィチは、政治に迎合、または対決することだけのために作曲していたのではないと思います。今回は、奇しくも「革命」と「戦争」を題材にした作品を演奏することになりましたが、「作曲家ショスタコーヴィチ」の「独自の音の世界」を感じていただければと考えています。

●忘れられかけている名作交響詩

プログラムの前半は、1967年の革命50周年を記念して作曲された交響詩「十月」*です。10数分の短い曲ながら、ショスタコーヴィチのオリジナリティが存分に発揮された魅力的な作品です。演奏会の開始にふさわしい名曲ですが、残念ながら、ほとんど演奏される機会はありません。中間部の感動的な旋律は、ショスタコーヴィチならではと言えましょう。ちなみに、この曲の初演を措揮したのは、息子のマキシム・ショスタコーヴィチです。

●ショスタコーヴィチ最長の交響曲「第7番」

2曲目は、1941年に作曲された交響曲第7番ハ長調を演奏します。「レニングラード」の創題で親しまれている比較的ボピュラーな交響曲ですが、その規模は壮大で演奏時間約75分、大オーケストラに加えて別働隊のブラスバンドまで登場する記念碑的な大作です。
ドイツ軍による攻撃で危機にさらされていたレニングラード(現サンクトペテルブルク。ショスタコーヴィチは当時ここに住んでいました)の攻防戦にヒントを得て着想され、移転したソビエト政府のあったクイビシェフで完成されたこの曲は「レニングラード市」に捧げられ、スターリン賞第1席に選ばれました。その内容から、この交響曲の初演は国威発揚のための国家的行事として行われたと伝えられています。
曲は、古典的な4楽章構成です。なかでも第1楽章が待に有名で、小太鼓のリズムにのって何回も同じ旋律が繰り返されて盛り上がっていくラヴェルの「ボレロ」に似た手法は、バルトークの「オーケストラのための協奏曲」の第4楽章で皮肉られています。
大オーケストラを要する作品ですが、独持の透明感をもった、室内楽的な部分も随所に出てきます。ショスタコーヴィチの繊細さと爆発力を、小泉=新響がどう表現するのか、期待をもってお聴きいただければ幸いです。

(新交響楽団ティンパニ・打楽器奏者桑形和宏)

*原題は「十月」ですが、チラシ表面では一般に用いられている「十月革命」としました

●新交響楽団のプロフィル

1956年創立。音楽監督・故芥川也寸志の指導のもとに旧ソ連演奏旅行、ストラヴィンスキー・バレエ三部作一挙上演、10年におよんだ日本の交響作品展(1976年にサントリー音楽賞を受賞)などの意欲的な活動を行ってきた。最近ではマーラーの交響曲全曲シリーズ(故山田一雄指揮)、ショスタコーヴィチ交響曲第4番日本初演、日本の交響作品展91、92(石井眞木指揮)などの演奏会、また93年9月にはベルリン芸術週間に参加して3邦人作品をフィルハーモニーで演奏するなど、積極的な活動を行っている。96年には創立40周年記念シリーズでワーグナー「ワルキューレ」の演奏会形式公演(飯守泰次郎指揮)、「日本の交響作品展'96」では1930〜40年代の知られざる作品を発掘するなど、各方面から注目を集めている。

第169回演奏会(2000年4月30日)ちらしより


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