新交響楽団創立20周年記念演奏会（1976年）パンフレットより
「新響20年」
芥川也寸志
新響とつきあって20年、何故そんなに長く、と真面目にきかれると困ってしまいます。べつに何らかの理由なり、特別な目的があった訳ではありません。
しかし私にとって、新響が何の魅力も持ちあわせていなかったら、こんなに長く私たちの関係が続きはしなかったろうと思います。ただ何となくというには、20年という歳月は長すぎます。
結局のところ、私たちはお互いのとこかに、ひっぱりあうものを持ちあわせていたのでしょう。そうとしか、いいようがありません。
世間では一般的に、アマチュアといえば下手なもの、駄目なもの、その反対にプロといえぱ上手なもの、いいもの、という風に思われていまず。ですから音楽といえば、それは大部分プロの音楽を意味し、アマチュアの音楽はそれの真似事、というように受けとられております。つまり、プロが音楽を提供する普通のものであり、アマチュアは、特種なそれに似たもの、という訳です。これはどうも、私には納得がいきません。アマチュアというものこそ、ごく自然に音楽を楽しみ、味わい、その楽しみやよろこぴをお互いに分ちあい、提供する側であろうとされる側であろうと、それはごく当り前な存在であります。
ところがプロとなると、誰でもおいそれと簡単になれる訳ではなく、普通の人とは違う特別な技術なり、特種な才覚の持主たちなのですから、これは特別な、特種な存在です。
アマチュア普通、プロ特別、これが自然なものの見方というものでしょう。
世の中には、いろんな種類のプロがおりますが、プロという以上は、アマチュアなどの思いもよらない、眼がまわるような見事な演奏をしてくれなけれぱ困ります。とにかくそれは、特別な内容を備えた、特別な存在なのですから。
ところが、万事経済が優先し、商業主義の吹さすさぶこの世の中で、オーケストラなどは、特別を維持出来るのは世界中で数えるほどしかなく、あとは普通の上を維持するのに精一杯という状況です。
プロが金に弱いのは当然でしようが、このところ、音楽ぱかりか政治やスポーツの世界でも、プロの堕落した姿が眼につきます。アマチュア政治家の方が、プロよりもうまかッたり、少くともうまく見えるというのは困ってしまいます。＜特別＞は＜普通＞よりも上でないと、世の中はますますこんがらがってきます。
一方アマチュアの方も、自分たちが主体的な存在であることを忘れて、プロの真似事に明け暮れる傾向が顕著です。
アマチュアにとって、プロの技術を目標にして必死に向上しようと努めることは非常に大切ではありますが、アマチュアが、プロにはない自分たちの主体性なり、そのよさなり誇りなりを忘れてしまったら、それは本当に空しい存在でしかありません。
要するに、今の音楽世界はプロ中心に動きすぎているのです。その典型ともいうべきものは、現代音楽ではないかと思われます。
現代の多くの作曲家は、アマチュアである一般民衆とはまったく関係のないところで、仕事をしているように見えます。作り手も弾き手も、そして聞き手もみんな特別の集団であって、その部落以外の大多数の市民は、まったくそれとは何の関係もなく生活を営んでいます。
一般民衆は、現代の人間が、まさしく自分たちのために作ってくれる作品を心の中で待望しながら、それが果たされぬままに、その代用品としてベートヴェンやブラームスの、現代的クラシックで気をまぎらわせているのに過ぎないのです。
こんな状態が続いて、果たして音楽が本当に生きのびていかれるのか、私にははなはだ疑問といわざるを得ません。
主権在民というといやに大げさですが、ごく少数の特別人に、大多数の普通人の音楽的要求を無視したり、束縛したりする権利はないように思います。普通人は普通人として、特別人は特別人として、当たり前にそれぞれの権利を主張すべきなのです。
いつも、私はプロなんですから......という枕言葉でものを喋る音楽家には、たいていろくな人はおりません。こういう場合、プロという言葉は何か都合の悪いものへの＜かくれみの＞なのです。
しかしもっと多いのは、......どうせ私たちはアマチュアですから、という結び文句を使うアマチュアたちです。この場合も、まずくて当たり前、という言い逃れのために、普通であるという内容のアマチュアという言葉を、ことさら低級で悪いものであるかのように使うのです。
このような理屈にあわない、おかしな存在にならないように努めながら、新交響楽団は今日まで歩んできたつもりです。
今年は丁度、創立20周年を迎えますので、あまりプロのオーケストラがとりあげない、戦前の日本の交響作品を演奏しようと思いたちましたのも、そんな気持の一つの表われといえるかもしれません。
もとより、アマチュアオーケストラにとっては、スコアの準備に始まり、手分けをしての写譜などの作業をふくめて、大変荷の重いプログラムではありましたが、いつものように精いっぱい練習し、精いっぱい演奏したいと熱望しております。
私たちの気持を多少なりともお伝えすることが出来ましたら、幸これに過ぎるものはございません。
Aug.'76 Manila
新交響楽団創立20周年記念演奏会「日本の交響作品展」
（1976年9月3日、10月11日）のプログラム
第1日
平尾貴四男／古代讃歌（1935）
箕作秋吉／小交響曲ニ長調（1937）
大木正夫／組曲「五つのお伽噺」（1933）
尾高尚忠／日本組曲（1937）
早坂文雄／古代の舞曲（1939）
第2日
清瀬保二／日本祭礼舞曲（1940）
安部幸明／小組曲（1935）
高田三郎／山形民謡によるバラード（1941）
諸井三郎／小交響曲変ロ調（1943）
伊福部昭／交響譚詩（1943）
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