第156回演奏会(1997年1月)維持会ニュースより
新響チェロ奏者 吉川具美
♪「わが祖国」よもう1度?!
連作交響詩「わが祖国」全曲が、この演奏会のプログラムとしてコバケンさんから提案されたと知ったとき、私は胸の高鳴りを抑えることができなかった。いくつかの議論を経てこの曲に正式に決まったとき、私は我が家の天袋にしまいこんでいた自分の譜面箱(と称するボロボロの紙の箱)から6冊で1組になっているパート譜(チェロが担当する部分の楽譜)を引っ張り出してきた。第1曲「高い城」のパート譜の表紙に、黒いサインペンでなぐり書きされているのは、チェコの名指揮者であった故ズデニェク・コシュラー氏のサインである。そのくちゃくちゃした判読しがたいサインを本当にひさしぶりに見ると、その頃の空気までがみずみずしくよみがえり、自分の心の中の渇いていたどこかが息を吹き返したような感じがした。「もう1度、この素晴らしい曲を演奏できるのだ。」
マーラーやブルックナーなどの大曲が半日常的に演奏されるこの東京においても、「わが祖国」全曲の演奏の機会はまだ珍しい。私が10年ほど前に、所属していた学生オーケストラでこの曲を、しかも本家本元のコシュラー氏のもとで演奏できたのは、まさに幸運としかいいようがない。好日家とはいえコシュラー氏が学生オーケストラを振ってくださった経緯にまでは、残念ながら当時の私は思い至らなかった。ただ、たまたま自分にとって学生最後の演奏会でもあり、まさか新響のような所でさらに楽器を弾き続けるとはみじんも思っていなかった私は、生涯最後の演奏会のような大げさな覚悟でただひたすらにこの曲を勉強し楽器を練習した(それ以外にすることを思いつかなかった)。
後になって、現在の新響の団員も何人かそのときの演奏会を聴きにきていたことがわかり、今でもたまに話題に上るが、幸いアマチュアの本領を発揮し何かしら残るものがある演奏だったという好意的な評価が多く(残念ながらすべてではないが)、中には絶賛してくれる人もいたりして、そのたびに胸をなでおろす。10年も前の演奏でもまだ評価が気になるのだからおかしなものだが、それほど私にとっては今でも大切にしている演奏体験なのである。
♪そのとき何に打たれたか
さて、10年以上がたち、再び幸運に恵まれて2たび「わが祖国」全曲を演奏できることになり、2か月ほど練習が進んできた今、改めて、初めてこの曲を演奏したときのことを思い出す。
コシュラー氏を指揮台に迎えた練習。私たちの極度の緊張を和らげる温かなほほえみの奥で鋭いまなざしが光り、初めて棒が下りる。その瞬間、広い空間に響き渡るのは、しかし通常予想されるオーケストラの楽器の音色ではない。雄大な、2台のハープの響きのみである。この、世にも美しくスケールの大きいハープの二重奏がこれから始まる6曲の壮大な物語を紡ぎはじめたこの瞬間、私は不意に、自分がスメタナという作曲家の精神にたしかに触れたように感じた。百年以上も前に、遠く離れたチェコという国で、私の想像もつかない人生を送った大作曲家と、他ならぬ今ここにいる自分が、その音楽に対する共感という点でたしかにつながっている・・・。私はそのありありとした感覚に打たれ、恩寵とでも呼ぶべき崇高なものに触れたような感じを受け、感謝とか喜びとしか表現できない不思議な暖かな感情が湧き起こるのを抑えられなかった。(本当はコシュラー氏という指揮者が素晴らしかったためなのだろうが、申し訳ないことに私は指揮よりもスメタナの作品そのものに目を奪われてしまったのである。)
この6曲の連作交響詩は本当に素晴らしい。意表を突いたハープのみによる全曲の始まり。有名なモルダウ(第2曲)、あの冒頭の2本のフルートの旋律の戯れに伴うヴァイオリンのピツィカート−−岩を洗う清く澄んだ渓流の水しぶき、頬にひんやりした水滴さえ感じることができる。シャルカ(第3曲)の激しい憎しみと心の揺れ。随所に現れるポルカの躍動感。牧歌的な安らぎ。コラールの崇高さ。第6曲、ついに勝利のモティーフが決定的に奏されるときの圧倒的な感覚。
しかし、この連作交響詩のもっとも素晴らしいのは、その有機的な構成である。まさに冒頭にハープが示す「高い城」の動機が、勝利のモティーフとともに第6曲の最後に再び壮大に現れるとき、そこに至るまでの6曲のすべての部分があってはじめて、この動機の再現が可能であったことが理解されるのである。この、歴史の流れにも似た血の通った必然性は、言うまでもなく「愛する祖国ボヘミアの素晴らしさを音楽で表現し皆で賛美したい」という、スメタナの存在基盤ともいうべき確固たる創作動機に由来するものである。
そもそも人が芸術によって打たれる、その根源にあるのは、芸術を創造する者が創造せずにはいられない、その「やむにやまれぬ何か」に触れることにあるのではないかと思う。スメタナの作品、とりわけ「わが祖国」の魅力は、その創作の必然性が曲の構成そのものとして生かされ、はっきりと表現されているところにある。そして、ヴァイオリンの神童から出発しピアニストとしても指揮者としても活躍したスメタナの、演奏家としての資質に裏打ちされた高度な作曲技法が、まったく聴覚を失ってから作曲された「モルダウ」以降の5曲をもしっかりと支えている。
♪今こそスメタナに光を
マーラーやブルックナー、ショスタコービチをはじめとする多くの作曲家については、その作品に対するわが国の聴衆の理解と共感のレベルがもはや欧米を凌駕する域に達しているとさえいえるのに比べ、スメタナというと名曲コンサートにはおきまりの「モルダウ」と民族主義の作曲家というイメージ以上はまだ浸透していないらしいことはまったく残念なことである。同じチェコの作曲家でもドヴォルザークの方が、日本では親しまれている感じがするが、本国チェコではスメタナこそが初めて真にチェコ人の音楽を創造した国民的英雄として今も尊敬を集めているようである。しかし、チェコがハプスブルグ家の支配下にある時代に初めてチェコ人の音楽を切り開いたスメタナの真価は、チェコの人々によって敬愛され誇りとされるばかりでなく、本来人類共通のものとして享受されるべきではないか。
スメタナは、ボヘミアの民族と国土への深い愛情を西洋音楽の枠組みの中で表現することを追求した作曲家である。しかし、自身の民族と郷土を愛し誇りに思う気持ちは人間に共通の自然な感情である。その点において、スメタナの音楽は、自らのよって立つボヘミアの語法にしっかりと根ざしつつも実はきわめて普遍的な人間性を表現しえており、そうした高みに至っているからこそチェコ人以外の多くの人の心を打つのである。そこには、ベートーヴェンの第9さえ凌駕する骨太な人間性が感じられる。
振り返って、今の私たち日本人は、自分たちの出自と時代を表現しかつ普遍性を持った豊かな音楽を、本当に持っているのだろうか。マスコミやレコード会社などの音楽産業の宣伝を鵜呑みにして、見落としてきたものはないか。そのことを考えるとき、新響が取り組んできた日本人作品の演奏活動と、新響が「わが祖国」を演奏することとは、おなじ線上にあることに気づくのである。これは、私たち日本人が忘れ去ろうとしている人間性のある部分をとり戻すための行為であり、ひいては将来に向けて世界の中での日本を築いていくことにつながりさえするように思う。
「わが祖国」は、その立地ゆえに苦難の道を歩まざるを得なかったチェコだからこそ生まれた作品であろう。しかし、これはあくまでも私個人の考えであるが、今の民族紛争の時代に、新響が東京で「わが祖国」を演奏するということは、「チェコばんざい!」という意味ではなくむしろ、自分の民族と郷土を愛するという人類に共通の気持ちを、人間の本質的な感情として尊重し認めあう精神から、次の世紀を創造する1歩が生まれるのではないか、という理想と期待を含んだ行為なのである。
♪新響は「わが祖国」の真価を伝える演奏ができるか?
もともと、「わが祖国」は、新響の、ひとつの演奏会に向け数多くの練習を積んで曲への理解と愛着を深めて演奏を造り上げるという特性を生かすことができる大曲として、また長期間の練習に値する深い内容を持った隠れた大曲として、いずれ演奏したいという思いを抱いていた団員は少なくなかったようだ。
しかし、このスケールの大きな悠久の流れを理解して演奏し、聴いてくださる方に伝えるのは並み大抵のことではない。この曲には、あたかも寄せては返す波のように際限なくクレッシェンド・ディミヌエンドが繰り返し繰り返し指定されているし、ポルカのステップのようなスフォルツァンドもよく見ると実に有機的でその都度違っていたりする。これらのひとつとしておざなりにせず丹念に実現できるようになるにはかなりの練習が必要で、しかしそれらの気が遠くなるほどの集積を通して初めて、スメタナが描こうとした本来の姿が現れる。これを、聴いてくださる方に伝えたい。実に忍耐力のいる地味な練習を必要とする曲であるが、そうした積み重ねがあってはじめてこの曲の真価を伝える演奏ができる。この曲を演奏する幸運に恵まれた私たちは、この曲の真価を伝えるために謙虚に努力することを求められているのである。そこには、プロもアマもない。
演奏会が終わってもこの曲が心のどこかに響き続けているような、維持会員のみなさまをはじめとして聴きにきてくださった方にも、演奏した団員にも、それぞれの心の糧としてのちのちふくらむ豊かな養分のようなものをはらんだ思いを残す、そういった演奏ができればと思っている。