2006年6月維持会ニュースより
HP編集者より:この文章は岩城宏之氏ご存命中に書かれた物です。氏は演奏会直前の6月13日に逝去され、代わりまして小松一彦氏の指揮で演奏いたします。
黛 敏郎「涅槃交響曲」について
川辺 亮(ヴァイオリン)
「涅槃交響曲は、1958年の初演の時に、当時の作曲界に大きなショックを与え、若い作曲家たちを昂奮させ、戦慄させた。そのエネルギーが今日の日本の作曲界の隆盛をもたらしたと言ってよいほどの、日本の音楽史上、最も重要な名曲のひとつである」−岩城宏之
ヴァイオリンパートの川辺と申します。維持会委員の皆様にはいつも新響を応援いただき有り難うございます。
今回の演奏会は、50周年企画の第三弾、新響として初めての黛作品演奏、そしてこれまた初めての岩城宏之さんとの共演、という事で、張り切ってサントリーホールを借りてお届けします。
この「涅槃交響曲」は、新響の創立とほぼ同じ年代に作曲されました。
様々な音色やピッチを各楽器が分担して演奏する事で再現される、梵鐘の響き・唸り−これが曲の基調です。3つのグループに分けられた大編成のオーケストラ、6人の男声ソロ(声明)と男声コーラスが、立体的な音響効果を作ります。
録音技術がこれだけ発達した現代でも、ホールでの生演奏を聴かなければ絶対にわからない・楽しめない作品と言えるでしょう。私自身も数年前に岩城/東フィルの演奏会で感銘を受けた経験があります。
この曲が聴き手を感動させるもう一つの理由は、いわゆる現代音楽でありながら、何か熱い情感・情念といったものを伝えてくる事です。最近の作品、例えば前回の演奏会で弾いた猿谷紀郎さんのクールさとは対照的です。あの時代の熱気とも言えるのでしょう。
戦後10年、殆ど何も無い中で懸命にアマチュアによるクラシック音楽に取り組んでいた芥川也寸志・当時の新響メンバーの情熱と共通するものがあるのかもしれません。
ところで最近の新響は、邦人作品を取り上げる際には出来るだけ「存命している作曲家」の作品を選んでいこう、という団内の合意が出来ております。
作曲家ご自身に練習や本番に来ていただくのはとても貴重で楽しい経験です。楽譜の不明点を質したり、時にはその場で楽譜が修正・変更されたりする事もあります。その曲を書いたご本人からお褒めや感謝の言葉をいただいた時の満足感は、言葉に尽くし難いものがあります。いわゆるクラシック名曲類を演奏するのとはまた違った面白さ・・・これを知っているアマチュアは世間に余りいないだろう、などと新響団員として誇りに思っている次第です。
黛敏郎さんは勿論すでにお亡くなりになっていますが、その代わりに、この曲を1958年に初演した岩城宏之さんに指揮をしていただく事にしました。岩城さんは著書の中で、作曲家自身から「この曲に生を与えた」と賞されたエピソードを書いておられ、作品の本質を我々に伝授していただけるものと期待しております。
実は岩城さんはもともと一部の学生オケ以外にはアマチュアの指揮はなさらないと聞いています。一昨年にご本人と出演交渉をした際にも、「アマオケとやる時には、慰謝料をもらいたいね」などとのジョーク(半分本気?)を出され、こちらが肝を冷やしたりしました。そんな背景もあり、この原稿を書いている5月末現在、新響は6月10日の氏との初リハーサルに向けて、合唱抜きのカラオケ練習にひたすら励んでおります。
今回のもう一つの注目点は、男声ソロおよび合唱です。初演以降初めて全員アマチュアでこの曲が演奏されることです。近年の演奏会では、東京混声合唱団のベテランが引退後もこの曲だけはソロを担当して来られましたが、今回は初めて栗友会の団員に引き受けていただく事になりました。岩城さんも「このパートを(東混の方から)引き継ぐタイミングをはかっていた」のだそうです。昨年7月の新響演奏会の「ダフニスとクロエ」でも素晴らしいハーモニーを聴かせてくれた、合唱界の雄、栗友会のチャレンジに大いに期待するところです。
それでは、皆様今回も何卒ご来場を賜りますよう、新響一同心よりお待ち申し上げております。
曲目データ
初演:1958年4月2日、岩城宏之指揮/NHK交響楽団+東京コラリアーズ、新宿コマ劇場での「三人の会」第3回作品発表会にて
編成:オーケストラ(6管)、男性ソロ(6人)、男声コーラス(12部、60〜100人との指定あり)
構成: 全6楽章
演奏時間:約35分
参照
岩城宏之「楽譜の風景」岩波新書、「名曲解説全集」音楽之友社