第194回演奏会パンフレット(2006年7月)掲載予定
北村和弘(トランペット)
新響と芥川也寸志
芥川也寸志は1925年(大正14年)7月12日東京滝野川区(現・北区)田端に、小説家芥川龍之介の三男として生まれ、1989年(平成元年)1月31日に亡くなりました。昭和とともに生き、昭和の中後期の日本を代表する作曲家であっただけでなく、つねに先進的な理想を掲げて日本の音楽界・文化全体をリードしつづける存在でした。そして、闘病の数ヶ月を除き、現役第一線の作曲家・音楽家・日本の文化の向上ための戦士として戦い続けていた最中の、惜しまれる死でした。
これは新響にとっても、初期の「芥川さんが作ったオーケストラ」から、幅広い人材を受け入れる大人のアマチュアオーケストラへと育っていくうちでの、対立・和解などさまざまな時期を経て、20年を越えてはじめて到達した良好な関係にあり、ショスタコーヴィチ全曲演奏などに取り組み始めた、まさにこれからというときのことでした。
芥川先生宅での新響の会議に出たときに「最近の新響は僕のコンパスがもう広がらないくらいになってしまったよ」と語られていました。そのとき、手に負えなくなってきた息子が自分のもとを離れていくのをさびしく思いながらも、自立して外の世界に認知され評価されるようになっていくのを喜ぶ父親のような表情だったのを思い出します。
作風の形成
芥川也寸志は、幼少時からストラヴィンスキーの「火の鳥」や「ペトルーシュカ」といった当時の最先端の音楽を、聴き親しんでいたことが知られています。
しかしなにより大きな影響をおよぼしたのは、戦後復学したときに出合った恩師・伊福部昭でした。土俗とモダニズムの合体、躍動するリズム感をもつ作風に大きく傾倒し、管弦楽作品の第1作となった「交響管絃楽のための前奏曲」は、伊福部の影響を色濃く受けたものとなりましたが、次の「交響三章」(東京音楽学校の卒業作品)から本日演奏する「交響管絃楽のための音楽」までの3作により次第に新たな独自の作風が形成されていきました。これらの作品は非常にリズミックで快活さに溢れ、最初に聴いただけでその若々しい魅力を十分に感じさせるような明快なものになっています。若さゆえに許される直截的な引用や模倣なども次第に独自の作風に練り上げられていきます。
この、「交響管絃楽のための音楽」は、管弦楽作品としては3つめ、1950年につくられ、NHKの開局25周年の懸賞の応募作で、團伊玖磨の「交響曲第1番イ調」とともに、特賞を得ました。
新響は芥川の指導のもと、数多くの日本人の管弦楽作品を演奏してきましたが、それらのほとんどが、調性・旋律のある曲で、1986年4月の「東北の作曲家たち」での新作の委嘱のときに芥川がつけた条件も「調性を持っていること」でした。演奏者がアマチュアであることを配慮した、ということもあったかもしれませんが、当時の日本の作曲界が、無調性・無旋律のものが評価をうけて、調性や旋律のある音楽が大衆に迎合したものとして評価されないという風潮に釘を刺したい、という意図であったようです。当時海外で日本人の作曲した無調の音楽が高く評価されていることについても、「いつもステーキを食べているとお茶漬けがほしくなる、というようなことではないか」と感想を述べています。
第1楽章 アンダンティーノ 4分の4拍子
A-B-Aの3部形式で
提示部Aは、低音と小太鼓ではじまる単純な8分音符のリズムが全体を支配している。そこにフルートの8分音符2つの動きによる問いかけがなされ、呼び覚まされるようにオーボエとクラリネットがホ調の主題を吹き、次にその問いかけの音の形を茶化すようなシンコペーションをミュート(弱音器)付きのトランペットが吹く。まるで母親に起こされるのをいやがる子どものように。そして弦楽器の音階的な動き、父親の声のようなホルンの突然の咆哮。そしてまたもとのまどろみ・・・8分音符のリズムは時計のように淡々と流れを刻んでいく。
中間部Bは、バスとテューバによるホ音のオルゲルプンクト(持続音)に支えられた、単純な構造の中に日本の哀愁をもったテーマが流れていく。
再現部Aは提示部と同じ調で、すこし短くしたもの。最後は半音上への転調が盛り上がりを予感させるが、それは裏切られ、あくびのようなホルンの音形のあと、弦のピチカートで突然断ち切られる。
第2楽章 アレグロ 4分の2拍子
前の楽章から間隔をあけずシンバルの強打一発で突入する。全体に強烈なリズムに貫かれている楽章。金管楽器奏者5人は、ミュートの取り外しと楽譜のめくりで、出遅れないように大慌てで準備をする。3小節目からいきなりこの5人が第1主題を鳴らし、その他の奏者はみな20小節間も休み。初めてのラジオ放送の演奏では、シンバルが鳴っても金管が間に合わず、音なしになった。結局3回目にやっと進み、「シンバル3回はちょっと多いのではないか」と放送を聴いた師の伊福部昭から指摘されてしまったそうである。
この第1主題のほか、木管からミュート付きトランペット、弦楽器と受け継がれる律動的な第2主題、長音階の上昇と半音階の下降を繰り返すレガートの第3主題の3つの主題がロンド形式をつくっている。
中心部分ではトロンボーンのソロによって再現された第1主題が2ndヴァイオリン、ヴィオラ、全奏と次々に受け継がれ、これらの4分の2拍子の主題に対し、8分の3拍子のアクセントを打楽器群が刻み、最高潮を迎える。
コーダは第3主題 第2主題が回想的に楽器構成を変えて再現され、第1楽章のコーダと対をなすように、打楽器と低音楽器のうなりの後、全奏の1撃で終了する。
参考文献:音楽之友社 最新名曲解説全集