2001年12月維持会ニュースより
ゴーゴリ作「タラス・ブーリバ」(1834) あらすじ
門倉 百合子(ヴィオラ)編
時は17世紀後半、ウクライナのコサックの隊長タラス・ブーリバには、オスタップとアンドリイという二人の息子がいた。二人は共にキエフにあるギリシャ正教の神学校を卒業して故郷に帰ってきた。次男のアンドリイはキエフで、ポーランドの総督の令嬢に恋心を抱く。しかし兄弟が帰ってきた故郷では、コサックは異教徒たち(主としてカトリック、時にイスラム、そしてユダヤ)との戦いに明け暮れていた。彼らは父と共にザポロージェのセーチ(キエフの東南にあるコサックの本営地)へ向かう。
そこでの訓練の後、彼ら3人はザポロージェのコサック隊のメンバーとしてポーランドへ向かった。ポーランドはカトリックを信仰する異教徒の国である。ポーランド南西の町ドゥブノを包囲したコサック隊は、じりじりと戦いの輪を狭める。かつて憧れた令嬢がその町にいることを知ったアンドリイは、ある夜ポーランド側に身を投じ、彼女を救って敵方の一員としてコサックとの戦いに挑む。しかし父親にみつかり、森の中に追い詰められる。彼は最期に誰かの名を呼んだ。『が、それは祖国の名ではなく、母の、あるいは兄弟の名でもなく---美しいポーランド女の名前だった。タラスは発射した。』
その直後、兄のオスタップはポーランド側の捕虜となり、タラスも重症を負って倒れる。味方に介抱されて傷を癒したタラスは、オスタップがワルシャワへ送られた事を知り、自分も密かにワルシャワへ向かう。そして広場で行なわれた捕虜の処刑を、変装したタラスは見守る。オスタップは責苦にあい、『ついに力も尽き、絶望に襲われて叫んだ、「お父さん、どこにいます?聞こえますか?」「聞いているぞ!」静まり返ったあたりじゅうに声が響き渡り、百万の群集はいっせいに震えあがった。騎馬の兵士たちの一隊が突進してきて、群集のあいだをくまなく捜索しはじめた。-----が、タラスはもういなかった。』
復讐に燃えたタラスは自分の隊を率いてポーランドの至る所に出没し、多くのカトリック寺院と町を焼き払い、クラコフに迫ろうとさえした。しかしついにポーランド軍につかまり、火あぶりの刑に処せられる。彼が仲間のコサックに向かって最期に叫んだのは次の言葉だった。
『さようなら諸君!わしを思い出してくれ、春になったらまたここへ来てくれ、また大いに暴れてくれよ!さあ、はじめたらどうだ、ポーランドの悪魔め?この世に何かコサックの恐れるものがあると思うのか?待っておれ、やがてきっとお前たちは正教たるロシアの信仰がどんなものか知るときがくる!今でさえもう遠近(おちこち)の諸国の民がそれを感じているのだ、ロシアの大地からロシア自身の皇帝が立ち上がるだろう、そして彼に屈服せぬような力は世界じゅうのどこにもないだろう!・・・』
【参照文献】
世界文学全集 28巻 講談社 1977 p.33-162
『タラス・ブーリバ』
福岡星児訳
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一口メモ(講談社「大事典」1983 による)
コサック:16〜17世紀にロシア農奴制の圧迫から逃れて辺境に住みついた農民、貧民の集団。
ギリシャ正教:東ローマ帝国(ビザンチン帝国330-1453)の国教。11世紀にローマ・カトリック教会から分離。帝国がイスラムに滅ぼされてからは総主教の座がロシアにわたり、ロシア正教となる。
ニコライ・ワシーリエヴィチ・ゴーゴリ(1809-1852):ロシア・ウクライナ出身の作家。ロシア・リアリズム散文の祖とされる。作品は「検察官」「死せる魂」「鼻」「外套」など。「タラス・ブーリバ」は17世紀の実在の人物がモデルの歴史小説。