2003年9月維持会ニュースより


組曲「キージェ中尉」

小出一樹(トランペット) 

「キージェ中尉」は同名の映画音楽として1933年にプロコフィエフにより作曲されました。偶然の産物として登場した架空の人物キージェ中尉の誕生、結婚、そして死までを描いた物語。その翌年、その素材を元に作曲されたのが、この度新響で取り上げる組曲「キージェ中尉」です。
第1曲と第5曲の冒頭と最後、そして第3曲において、コルネットによるテーマが演奏されます。舞台上ではトランペット奏者の隣に配され(注:第1曲と第5曲の冒頭と最後は舞台裏で演奏されます)、演奏するのもトランペット奏者ですが、楽器の形と音色はちょっと丸く優しい。曲に関するウンチクはプログラムの解説に譲り、この稿ではそんなコルネットについて、若干ご紹介してみたいと思います。
今でこそオーケストラではコルネットはトランペット奏者が兼務するのが普通となっていて、譜面に指定されているときだけ押入れから取り出してきて、おもむろに練習して・・・といったことを我々もしております。しかし、そこで与えられている旋律、特にフランスやロシアの作曲家など曲では、非常に重要な役割が与えられていることが少なくありません。今回のキージェ中尉しかり、また新響が今年1月の第180回演奏会で取り上げた、幻想交響曲(独奏コルネット付き初演版/べーレンライター社原典版)の第2楽章での扱いのように、トランペットとは明らかに独立したソリスト、あるいはゲストとしての立場が与えられています。現代ではちょっと考えにくい、このコルネットとトランペットの扱い方の背景には、楽器の成立してきた過程が関係しています。
コルネットとトランペットでは、その起源が異なります。トランペットは元々は1本の直線的な金属の管でした。これを直線的な特徴を残しつつS字型に巻き、息の圧や口での操作により自然倍音を出していましたが、18世紀頃になって管の途中に穴をあけ、現在のフルートやクラリネットのように指やキーで穴を開けたり塞いだりすることで自然倍音以外の音を網羅する、といった発展がなされてきました。その結果、半音階が演奏できるようになり、曲のバリエーションも広がりましたが、一方で指使いの複雑化や音質の低下などの問題も起きてきました。
19世紀になり、金管楽器の発展にとって大きなトピックとなるバルブ(ピストン)が発明されます。これにより、しっかりした音程をより明るく正確に出せるようになりました。このバルブをポストホルン(郵便配達人が到着の合図などに使用していたもの)に取り付けたものが、コルネットの始まりとされています。コルネットの語源はコルノ(ホルン)の高音楽器と言う意味だそうです。これにより、同様の音域でより正確な音程と美しい音質、そして早く複雑な旋律を演奏できる運動性能に富んだ楽器が出現したことになり、トランペットにとって強力なライバル登場となりました。
1800年代中頃、ベルリオーズやチャイコフスキーは、自曲の中でコルネットをトランペットとはっきり区別し、重要な旋律を担当させています。この頃アーバン(J. B. Arban, 1825-1889)やクラーク(H. L. Clarke, 1867-1945)といった伝説的な演奏家が活躍、彼らは現在でも金管楽器学習のバイブル的存在となっている教則本の著者として有名です。
このように、当時コルネットはトランペットより秀でた存在として扱われ、時に本来のトランペットパートまでコルネットで演奏されていたりしたそうです。19世紀末になり、ようやくトランペットにもバルブが付けられ、調性もin B♭やin Cといった、それまでより短管の楽器が登場し、コルネットに劣らない存在として発達、オーケストラでの立場も、現在のようなトランペットが中心の関係に至りました。19世紀から20世紀初頭の作品でコルネットが特別扱いされている背景には、このような事情があったのです。
現代のコルネットとトランペットの楽器上の差としては、管の巻き方やマウスピースの長さ、そして管の形態のうちベルに近い部分の違いが主なものです。トランペットは直管から発達してきたためベルの近くまで円筒の管が続くのに比べ、コルネットは元の(ポスト)ホルンの特徴を残し、ベルからかなり離れたところから管が太まってくる、いわゆる円錐管と呼ばれる管形状をしています。
 コルネットは、現在金管バンド、吹奏楽などで旋律を担当するパートとして多く用いられています。管弦楽作品の演奏においても、原典主義の流れにのってか、コルネットパートは譜面どおりコルネットで演奏される機会が増えているようです。
 今回、キージェ中尉の演奏にはコルネットを使用します。個人的には、コルネットのやわらかい音色もさることながら、形の違いからトランペットより手の位置が体に近くなるため、楽器との一体感がより深まる感じがし、持ち易さや演奏性の点で大変気に入っております。そんなコルネットの魅力の一端を、演奏を通じ感じていただければ幸いです。



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